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84.悪役令嬢とその王子2◆エリオット視点
目の前で眠り続けるアリシアを見つめる。
出会った当初はふっくらしていた白い手は、柔らかな女性らしい形に変わっていた。もしかすると、理解しているつもりで、何も分かっていなかったのかもしれない。
アリシア・ネイブリーは、いつの間にか大人の女性になっていた。自分の中ではいつまでも出会った時のまま、恥ずかしそうに笑うイメージだった彼女はこんなにも自立して、したたかに生きていたのだ。
「………分かっていなかったのは俺の方だ」
開かれることのない瞼の下の双眼が何を見て、どんなことを考えていたのか。推測に留まることは、ただの独りよがりな妄想と同じ。彼女の気持ちを汲み取ったつもりで、それはただの想像の枠を出ていなかったのかもしれない。
なにも理解出来ていなかった。
一番大切にしなければいけない、彼女の心を。
「アリシア……すまなかった」
何度謝っても、もうその耳に届くことはない。
先ほど部屋を出て行ったニコライの言葉を思い出す。「本当にほしいものは必死にならなければ手に入らない」と彼は言っていた。いつ何時も冷静に対処することを心掛けてきた自分に、出来るのだろうか。
アリシアが目覚めたらもう一度、彼女の気持ちを確認する必要がある。彼女曰く記憶を断片的に失くしているらしいし、マリソルから連れ帰ったニコライと話す時の彼女の様子はまんざらでもなさそうだ。
(………?)
楽しげに話す二人の姿を思い浮かべた時、チクリと胸の内が痛んだ。
恋やら愛だと診断する宮廷医師に再び相談する気にはなれず、大きく息を吐き出す。自分が今まで半ば馬鹿にしてきたそういった世俗的な感情に翻弄されるなんて、認めがたい羞恥に思えた。
リナリーとどうこうなりたいと思ったことはないし、彼女に対して明確な好意を意識したことはかった。ただ、アリシアと歳の近い彼女は良い友人になるのではないかと思っていただけ。しかし、処理しきれない浮つく気持ちを抱えていたのも本当で、アリシアによるとそれは魅了だったらしい。
じゃあ、今も居座るこの感情は?
ここのところ毎日、自分は暇さえあればこうしてアリシアの顔を見に来ている。子供っぽい婚約者だと思っていた彼女の成長に驚いている。魔獣としてそばに居た際に垣間見た新しい一面には好感を持った。
もっと、彼女のことを知りたいと。
そして自分のこともあわよくば知ってもらいたいと。
医師の診断なんてなくても、今の状態の方がよっぽど魅了ではないかと首を傾げる。しかしアリシアが魅了の魔法を使えるなど聞いたこともない。使えるならばもっと早い段階で使っていたはずだ。
二回目の溜め息を吐き、することもないので、アリシアが目覚めた際にスムーズに話が出来るように練習を積んでおくことにした。最大限の実力を発揮するためには効果的な練習が必要、これは魔法学校で何度も教わったことだ。
「………アリシア、こんな話をすると驚くかもしれないが…」
少し勿体振り過ぎだろうか?
要点から話した方が良いかもしれない。
「いや、君に伝えたいことがずっとあった。今までタイミングを逃してここまで来てしまったことを申し訳なく思う…」
こうなるとどうも男らしくない。言い訳がましい喋り方にならないように注意したいが、十年も婚約関係にあるにもかかわらず、未だに手を繋いだ回数も数えるほどの自分たちなど何をどう足掻いても言い訳が先に立つ。
手を繋いだのもパーティーに出席する際のエスコート程度で、周りに倣って真似をしていただけ。学業を極めても分からないことがあるとは、と苦い気持ちを噛み締めた。
もう少し、シンプルに。
彼女に一番届く言葉を。
「アリシア…君のことが知りたい。そばに居たいんだ」
言葉にした瞬間、恥ずかしくなって片手で目元を覆った。
いったいなぜ人はこんなに恥ずかしいことを平然とやって退けるのだろう。自分の父であるユグナークも母と結婚する際はこうした恥ずかしい思いをしたのだろうか。父の求婚を母が了承したとき、抱き締められた母親が肋を数本折ったというのは有名な話だが……
「それって愛の告白ですか?」
顔を覆っていた右手が掴まれる。
眠っていたはずのアリシアがこちらを見て笑っていた。
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