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あんな別れ方をした手前、再会を素直にはしゃいで喜ぶこともできず、とはいえ邪険にすることもできないまま、今はこうやって顔を合わせて黒く苦い水を啜ることで時間を食いつぶしている。
あたしの胸の内などひとつも感じていなさそうな翼は、コーヒーの付け合せに頼んだスコーンを美味そうに頬張っている。なんだか理不尽に腹が立ってきた。人の気も知らないでいきなりポンと目の前に出てきて、ぽろぽろと欠片を落としながらそんなもん食べちゃってさ。食べるときのマナーが悪い男は好かれないよ、って言ったら「でも京子はそんな男が好きじゃん」とか言ってきたの、今も覚えてるんですけど。
なんで、あたしばっかりこんな思いをさせられているのか。
ムカつく。
「食べるときのマナーが悪い男はモテないよ」
「その言葉は確かに一理あるかもな」
記憶の中と同じようなことを言ってやったら、翼は悪びれもせず、そんな同意を返してきた。
「一理あるって?」
「確かにモテてないからな。京子と別れてから」
「彼女作らなかったの」
「できてたら一人で寂しく本屋なんか行かねえだろ」
どこか自虐的にへらへらと笑ったあと、翼は紙ナプキンを一枚抜いた。テーブルの上に落ちたスコーンの欠片をそれで集めると、ナプキンを大雑把に丸めて隅に追いやる。昔はそんなことすらしなかった気がするが、これが時の流れの効果というやつだろうか。
確かに、この世界はどいつもこいつも生まれ落ちたときは全部垂れ流し思い残し泣き喚きだったはずだけど、大人になればなるほどに、悲しいくらい全部できるようになっていくもんね。
それでも、まだあたしはうまく自分のご機嫌をとることができなくて。
あなたは物をこぼさず綺麗に食べることができなくて。
お互いに不完全なまま、別々の時間が別々の場所で、同じ速度で過ぎてきたんだ――と思わされた。
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