代読と呼ばれた男

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『ええっ!? 市長が来られない!?』    私が代読の仕事を任されるようになったのは1年前。それは突然訪れた。  東京からの視察団を招いたパーティー当日、主宰者であるはずの市長が突然予定をキャンセルした。パーティーへ出るのが億劫になり、挨拶文を考えたから誰か代わりに読んでほしいというのだ。上場企業の社長といった名だたる経済人が、こんな地方都市に来て下さるという大事な場において何を考えているのか。いつものことながら気まぐれな市長に、私の頭は真っ白となった。  しかしそれは、普段至らない思考へと私を導く。 『市長は急な体調不良により、私が代理でご挨拶申し上げます』  気づけば私は、15分で書き上げた原稿を手に、マイクの前に立っていた。当然、ゲストの訝しむ表情が私に突き刺さる。市長から預かった挨拶文を読み上げる。 『以上で私の……いや、市長からのご挨拶とさせていただきます』  不信の目は、いつしか賞賛に変わっていた。歓談中、視察団の代表から市長を労る言葉までいただいた。上手くいったのだと、確信した。  後日、大変満足された市長は、今後の祝辞や挨拶を私の代読に任せることにした。以来、私は「代読の人(メッセンジャー)」として、様々な会合に顔を出すようになった。
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