代読と呼ばれた男

3/7
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「今後、卒業生の皆さんが、それぞれの進路に向けて邁進されることを……」  市長が別の公務や所用などで招かれた会合に出席できないとき、代わりの者を派遣することがある。その時は、代理の者が、本人から預かった文を代読する。 「人生とは、例えるならば山であります」  メッセンジャーに求められる能力。それは、本人の伝えたいことを一言一句正確に伝えることである。私はあくまで市長に代わってここにいる。 「まあ、この市に山はありませんが」  だからスベっても私の責任ではない。 「令和6年3月1日 玉野市長 鶴川俊太郎 本日はおめでとうございます」  拍手を背に、自分の席へと戻る。今日もつつがなく自らの勤めを終えた。1年も経てば手ごたえも感じなくなってくる。そうした次元を超えて、私の中ではもはやルーティンなのだ。そう、いつものように何事もなく…… 「ん?」  ふと、隣に座る男の視線が気になった。私よりも若いその男は、無表情のままこちらをじっと見続けている。代読が終わり、席についても、まだ見ている。まだ見ている。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!