第42話

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第42話

「――書記候補を連れてきました」  累の凛とした声音に、すでに生徒会室にいた月日と大輔が顔を上げる。  そして、二人とも絶句した。 「花笠くん、しっかりしてってば!」  固まっている一香を累が引っ張って中にいれる。無事に彼を室内に引き入れた累は、ぽかんとしている上級生二人を見て怪訝そうにした。 「……どうしたんです?」 「えっと、そちらが花笠……一香さん?」  大輔はひどく困惑した様子だ。 「そうです。ほら、花笠くん、自己紹介して」  累にポンと背中を叩かれると、息をしていなかった一香がゴッホゴッホとむせた。 「お、おおおおお俺、ぼぼぼぼぼぼ」  累は一香をにらむと、背中を軽くはたいた。 「……いい、私が代わりに紹介しておくから。そこ座って」 「ごごごごめ――」 「同じクラスの花笠一香さんです。人見知りでコミュ障で、十条先輩のファンだそうで」  かぶせ気味勝つ早口に累が一香を紹介する。 「打診は先輩たちからお願いします」  疲れたので、と言いながら累はしれっとカバンを置くと、自分の飲み物を用意し始めた。 「ひとまず……累ちゃんはお疲れ。それから一香くんは、落ち着いて話できる?」  一香が硬直したままになってしまっているため、大輔は息を吐いた。 「あ、あの、じゅ、じゅ、じゅうじょうせんぱ――」  一香の主張を的確に読み取った大輔は、月日に向き直った。 「月日、退出してろ」 「え、待って待って! 俺が生徒会長なのに!?」 「うるさい、この顔面凶器存在兵器め」  それはあんまりだと月日は抗議し、大輔と軽い口論の末、部屋の片隅で背中を向けて聞き耳を立てることになった。  距離を取ったのが功を奏したのか、一香は徐々に冷静さを取り戻してきた。間合いを見計らって大輔が口を開く。 「一香くん、生徒会の書記をやってもらいたかったんだけど……ごめんね。俺も月日も、君のこと女の子だと思っていたから驚いちゃって」 「ごごごごごめんなさい、よく女の子と間違えられるんです!」 「勘違いしていたのはこっちだから。で、どうかな、書記の仕事は頼めそう?」 「も、もちろんですっ!」 「オッケー。じゃあ決まり! よろしく、一香くん」  大輔が差し出した手を、一香は恐る恐る握る。 「月日とも握手する?」 「い、いいいいいんですか!?」  もちろん、と大輔は月日を呼び戻した。  部屋の隅に追いやられていた月日は、ムッとした表情のまま一香の前に立つ。とたんにガタガタ震えだした一香の手を大輔が引っ張り、月日と握手させた。 「よかった、これで書記が決まった!」  大輔と累の拍手が生徒会室に響く。 「明日、掲示板でさっそく発表するから。その資料用意したり、先生に報告したりは俺たちがやっておくよ。ひとまず今日はこれにて解散ってことで!」  大輔がニコッと笑い、その場はいったんお開きになった。 「花笠くん、行こう」  累は彼の背中を押しながら生徒会室を出る。  外に出てやっと、一香は息をぷはっと吐き出した。 「本当に大丈夫?」 「だいじょ……ばない! 無理かも、山田さん!」  一香は真っ赤な顔のまま頭を掻きむしる。累は足を止めた。 「でももう引き受けちゃったよね?」 「だって、十条先輩が俺に頼んでくれたのを断るなんてできない……!」 「芸能人でもあるまいし、そんなにレアなことじゃないと思うけど」  累の言葉は一香に届いていないようで、彼は月日と握手した手のひらをじっと見つめていた。 「俺、今日から右手洗わない」 「……洗って。洗わないなら生徒会から追い出す」  累が冷たく言い放つと、一香はしどろもどろになった。 「山田さんは、十条先輩を見て緊張しないの?」 「しないよ。なんで?」 「あまりにも美しく神々しすぎて。息ができなくならない?」 「…………まあ、これから一緒によろしくね」  駐輪場に到着すると、累は一香に手を差しだす。彼は一拍おいたあと、はにかんだような笑顔を口元に載せて握手した。 「ちなみに、私と握手したし手を洗ってね。十条先輩とは、また明日握手して」 「恐れ多くてできないよ」 「してくれるよ、何度だって。先輩は優しいから」  累は自然と確信をもってそう言っていた。
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