第44話

1/1
前へ
/55ページ
次へ

第44話

 書記の引継ぎ作業のため、授業が終わると累は一香を連れて生徒会室に向かっていた。  昨日までは嬉しそうにしていたのに、今日の一香はがっくし肩を落として背中を丸め、目立たないようにしている。  せっかく憧れの月日と会えるというのに、覇気がない。  生徒会室に到着する前に、累は一香の背中をドカンとたたく。 「痛っ!」 「いい加減、背筋伸ばしなよ。十条先輩いるんだから」  一香ははあっと息を吐くと、言われた通りに背中を伸ばす。ボキボキと音が鳴った。 「ごめんね、山田さん。いつも迷惑ばかりかけちゃって」 「うん、ほんとそれ」 「……オブラートに少しはくるんでくれてもいいのに」 「そういうの面倒くさい」  累は扉に手を伸ばして挨拶とともに開ける。中にはすでに来ていた月日が仕事をしていた。 「白川先輩は、今日は来ていないんですか?」 「大輔は用事があるから帰ったよ。俺が引き継ぎするね」  乙女モード封印中の月日は、至極まともな男子生徒に見える。 「じゅ、十条先輩が、引継ぎっ!?」  ぶるぶる震え始めた一香に、もう一発類が背中に手のひらをお見舞いする。にらみながら見上げると、一香はごめんと呟いた。  累は一香と月日が引き継ぎ作業をするのを、横で見守るに徹した。 (花笠くん、頑張ってる)  会計の作業はないので、累は出されていた宿題をしながら二人を見ていた。  丁寧かつ優しく一香に話をしている月日は、たしかに一香が緊張するのもわかるくらい美男子だ。  人の容姿に特段興味が無い累も、きれいだと思う造形をしていた。 (ん、あれ、私……誰かを見てきれいとか思ったことないのに)  みんながあまりにも月日のことを言うものだから、感化されたのかもしれない。  ジーっと見ている累の視線に気づいた月日と、一瞬だけ目が合う。パッとそらされてしまい、累は指先で回していたペンの動きを止めた。 「あ……といけない。もうこんな時間だ……ちょっと抜けるけど、ここの作業をしておいてくれる?」 「十条先輩、まさか告白ですか?」  累が尋ねると、月日は苦笑いしながら首肯した。 「最近めっきりなかったんだけどね」  月日の王子様伝説は、すでに学校中に広まっている。いったん収まったのだが、怖いもの見たさなのか抑圧された反動なのか、ちょっとずつ回復しているらしい。 「いってらっしゃい」  月日は任せて、と言いながら生徒会室を出て行った。  扉が閉まると同時に、横から一香が大きなため息を吐く。まるで、今まで海中に潜っていたかのように、何度も空気を吸っては吐いてを繰り返した。 「ダメだ……やっぱりまだまだ緊張する」  一香は累が差し出したコップを受け取ると、中に入っていた麦茶を一気飲みした。 「そういえば昼間、言いかけていたことってなんだったの?」  累の問いかけに、一香はびくっと肩を震わせた。 「…………」 「今なら人もいないし、聞くけど」  散々ためらうようなそぶりのあと、一香は累に向き直る。 「あのね、山田さん。ひかないで聞いてくれる?」 「聞いてから引くかどうか考えるのでもいい?」 「いや、それだと困るから」 「わかった。まずはきちんと聞くね」  神妙な様子だったので、累はペンを置くと、麦茶の入ったカップを持って一香に向き直った。 「あのね、俺、多分……ある人に恋していると思う」  累はカップを落っことしそうになった。それを一香が素早くキャッチする。 「あああああ、危ないってば、山田さん! 無表情のまま驚くのやめてよ、なんか怖い!」 「ごめん。ちょっとびっくりして」 「顔動かさないで驚くって、すごい特技だと思う……」 「それで、ええと、つまりは?」  累が一香に話の続きを促すと、一香はコップを机の上に戻した。 「好きな人がいる、んだと思う」 「思う?」 「うん……確信が持てない」  それに累はなるほど、と頷いた。 「恋愛をしたことないからわからない。でも、その人を見ると胸がドキドキするし、手を握った時は嬉しくて泣きそうになった」  累は再度驚いたが、表情が動かなかったので一香に伝わったかどうかは不明だ。 「考えるだけで胸が張り裂けそうになるんだ」 「……へえ」 「これがどういうことかわからないから、ネットでいっぱい調べた」  一香は携帯電話を取り出すと、ブックマークをしていたページを見せてくれる。  累は無言でそれを見つめた。  【胸のトキメキの正体は?】  【あの人を見ると胸が苦しい。これって恋!?】  【好きだって気づく五つの瞬間。あなたはすでに恋に落ちているかも?】  インデックスを見てから、累は携帯電話を一香に返した。 「この恋愛サイトでは、キュンとかドキドキしたら、それは恋かもって書いてあるよ」 「たしかに書いてあるね」  まさかの恋愛相談とは思っていなかった累は、今じわじわと困惑していた。 「初恋なんだ。だから、しっかり向き合いたいって思ってて」  一香はそこまで話すと、うん、とこぶしを握り締めた。 「それでね、山田さん。図々しいお願いなんだけど、聞いてくれる?」 「聞くだけなら」 「あのね、もしよかったら俺の初恋を応援してほしいんだ」 「うん」  断る理由はない。いくら面倒くさがりとはいえ、人の恋路を応援するくらいは累にもできる。 「恋バナしたの、初めてなんだ。聞いてくれてありがとう。山田さんに応援してもらえるなら、百人力な気がする!」 「……そう? そこまで向いているとは思えないけど」 「そんなことないよ!」  一香は話をしてすっきりしたのもあり、口元をによによさせた。 「どうやって応援するかわからないけど、必要なことがあれば言って」  ぱああ、と一香の表情が明るくなった。 「山田さんが味方でいてくれるなら、俺、告白しようと思ってて」 「え、いきなり!?」  さすがに累は眉をひそめたが、一香は何度もうなずく。 「こういうのって、早いほうがいいってサイトにも書いてあったし」 「そうなんだ。なら、告白するのも応援するよ」 「ありがとう!」  一香は累の両手を掴むと、ぶんぶんと上下に振り始める。  そのタイミングで、告白を断るために王子様オーラで相手をぶっ倒してきただろう月日が戻ってくる。悩殺笑顔の片鱗をしまいきれておらず、ピカピカ光って見えた。  上級生たちを混乱の中に陥れたあの事件を見ていた累は、血の気が引いた。一香に気を付けるよう言うより先に、月日が口を開く。 「ただいま……」 「ひぃっ――――!」  あまりのオーラと美声に、一香は鼻血を吹いてぶっ倒れた。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加