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第2話
「あーん!」
あまりにも月日が大声で泣くものだから、怒声とともに部屋の扉を三番目の姉が開けたのは二分後のことだ。
月日と同じ顔をした三女は、彼とまったく同じ美しい形の眉を吊り上げた。
「どうしたのよ! っていうかうるさい!」
「永遠ちゃん、どうしよう! 今日学校で、ティムに話しかけている姿を下級生の子に見られちゃったの!」
姉その三の永遠は「はあ?」と怪訝そうにしながら扉に寄り掛かる。
わーっと泣き散らしながら、月日は子どもほどの大きさのピンク色のウサギにしがみついた。
「……もういいじゃん、この際バラしちゃえば?」
「ダメよ、絶対ダメ!」
「あんたがそんな顔してそんな図体して、中身は女の子もびっくりするような乙女だって知ったら、意外にも、うけちゃうかもよ?」
月日の部屋は、ピンクの壁紙にピンクのカーテン、さらにぬいぐるみがたくさん置かれ、大好きなティーンモデルのポスターが貼られている。
乙女すぎる弟の部屋に入るなり、永遠は大きくため息を吐いた。
「いやよ、また昔みたいにいじめられたらどうするの?」
「子どもの時にからかわれただけじゃない」
女三姉妹を姉に持つ月日は、彼女たちのおさがりを着て育ったこともあり、かわいいものが大好きな子に育った。
いずれ男の子っぽくなるかと思っていた両親の想像を裏切り、四人姉弟で一番乙女なまま大きくなっていった。
だが保育園くらいになると、月日は見た目と中身の不一致が原因で、からかわれることが多くなってしまった。
嫌なことを言われて泣いて帰ってくる弟に自己防衛させようと、王子様キャラを装うことを姉たちは考え付いたうえに月日に提案した。
結果。
王子キャラが想像以上に成功し、泣く子も黙る超イケメン「十条月日」が爆誕してしまった。
保育園の先生、お母さんがたや男女問わず生徒たちをメロメロにしてしまったのが引き金となり、月日は引き際を失って、いろいろとこじらせたままになってしまっている。
「あのね、ティムまで失踪しちゃったのっ!」
「あー、あのクマね。そのうち出てくるでしょ?」
「永遠ちゃんの薄情者! ティムは大親友なのよっ!」
永遠はしくしく泣いている弟をジトっとした半眼で見下ろす。
「大親友なら大輔だっているでしょ?」
「リアルは大輔だけど、ティムも大事なお友達なの!」
「あーはいはい。そうでしたね」
巨大なうさぎのぬいぐるみ『ジェニー』に抱きついて、月日は再度目に涙をためはじめる。
「明日学校に行って、白い目で見られたりしたら……!!」
めそめそしていると、永遠はあきらめたように口を曲げた。
「永遠ちゃん、ワタシ生きていけないわ! 学校で絶対引かれる、後ろ指さされるっ!」
「なら、あんたの素を見ちゃったっていう子を探して、口止めでもしておきなさい」
「口止め……?」
永遠はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あんたが顔近づけたら、嫌でも黙るでしょ女の子は。ついでにキスでもしておけば?」
「……なっ!?」
「月日はしゃべんなければ、い~い男なんだから。正しい顔面の使いかただと思うけど」
永遠の提案に月日は血の気が引いたあと、わなわなと震えながらジェニーを強く抱きしめる。
「そんな怖いことできないわよ!」
「あっそ。じゃあ好きにして。でも、うるさくしたら容赦しないからね!」
永遠はムッとしたあと、乱暴に扉を閉めて月日の部屋から出て行く。
「うっ、うっ、ううっ……ひどい!」
ジェニーに頬ずりしながら、月日はベッドに再度倒れこむ。
「それに、キスは好きな人とするものよっ! そんな簡単にしちゃダメに決まってるじゃないの!」
「――うるさい月日!」
隣の部屋から永遠の怒声が飛んできて、月日は身を縮めた。
月日は夜中までぐずぐず悩み、眠れない夜を過ごした。
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