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据え膳食わぬワン!
――殺すか、殺されるか、そのどちらか。
俺、刈谷大牙は、同級生である美園蘭子を目の前にして、究極の選択を迫られていた。
◆
俺がじいちゃんから死刑宣告を受けたのは、つい先日のことだ。
「大牙、人を食え。さもなくば殺す」
頑固ジジイがついにもうろくした、そう思った。マジで何を言い出したのか理解できなかった。
「もうすぐ齢16になるだろう? それまでに人を食え。それができなければワシが貴様を殺す。いいかげんに自覚を持て……人狼としてのな」
――人狼。人に化けて暮らしている、人に似て非なる生き物。しかし容姿は恵まれていて、もてはやされるのが常だ。俺の一族こそが、その人狼。血族みな、美しくも恐ろしい怪物だ。ただし、たったひとり、俺を除いて。
俺といったら、垂れた耳に、丸まった尻尾。歯なんて小学生の弟より小さい。普段は隠しているとはいえ、情けなくて仕方ない。
つまり俺は、犬なのだ。どうして生まれたのか知らないが、血族の中で唯一の、人犬。ダッセえ。人犬ってなんだよ。ジンケンて。
そりゃもう親戚中からバカにされて生きてきた。反抗したくたって、俺は口喧嘩は弱いし、力が敵うはずもない。仕方ないだろ、狼と犬なんだから。
人狼最大の特徴といえば、人食いだ。家族がコソコソなにかやっていることは知っていた。現代日本で人食いとかフツーに犯罪だというのに。俺は人なんて一ミリたりとも食いたいと思ったことはない。
じいちゃんいわく、16歳になれば一人前の人狼らしい。そのために必要な儀式として、人を食えということだ。100歩譲ってそこまでは理解するが、もう一択がじいちゃんに殺されることってのはまったくの意味不明。やっぱボケてんのかな。
とにかく俺はそういうわけ(どういうわけ?)で、誰でもいいから人を食わなきゃならないのだ。
◆
美園蘭子は、いつも一人だ。友達がいない。なぜなら、めちゃくちゃに冷たいから。氷のような目をしているし、話しかけたとして返ってくるのは一言や二言。とにかく人との繋がりを拒んでいる。
その美園蘭子が、たまたま今、俺の目の前に現れた。正しくは、人気のない公園のベンチに一人で座っているところを俺が見つけた。
――チャンスだ。今なら誰も見ていない。
美園蘭子の手入れされた綺麗な髪が、風にたなびく。色白の頬は、よーく考えてみればおいしそうにも見えてきた、ような気もする。
いける。いけるぞ、いくぞ、俺は。
しかしいざ目の前にすると、踏ん切りがつかない。これ、パクっといっていいのか。いや、いいわけない。人食いだぞ人食い。でも食わなきゃ俺に待つのは死。いくしかないんだ。いくぞ。いくからな。
……いけるわけ、ない。だって人じゃん。食うってなんだよ。しかも後ろからこっそりとか……卑怯すぎる。やっぱ、あれだ、せめて、同意が必要なんじゃないか。勝手にいくのはやっぱりまずい。今俺がやるべきは、同意を取ることだ。
「美園蘭子!」
美園蘭子は振り向いた。切れ長の目が俺を見据える。
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