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「手、繋ご? 恋人同士なんだからさ」
……一安心。バレたわけじゃないようだ。一人で焦ってバカみたいだ。
予鈴が鳴り始めた中、俺は美園蘭子の手を取って一緒に走った。一人で先走らないように速度の調整をしていたが、美園蘭子といったら慌てる様子もなく、俺の方を見てうれしそうに微笑むばかり。つくづく、美園蘭子という人間の考えはよくわからないと思った。
◆
学校で一緒に過ごして気づいたが、美園蘭子はやたらと不運だ。
あるときは、同級生に、体操着を丸められてボールのように投げて遊ばれていた。池に落ちる寸前で、俺の狩猟本能により体操着は救出できたが。同級生いわく、自分のものと間違えたらしい。
あるときは、頭上から清掃用バケツの水が降ってきた。俺の嗅覚によりいち早く察知して避けられたが。どうやったらバケツの水を窓から捨てるという発想になるのだろう。
ある日美園蘭子は、俺に質問をしてきた。
「……大牙くんさ、嫌にならないの?」
「なにが?」
「私といて」
「なんで?」
質問の意味が本当にわからなかった。俺は美園蘭子を食うという目的こそあるが、そもそも嫌なら一緒にいない。美園蘭子が何を気にしているのかわからない。
「嫌な目にあってない?」
「全然」
そう答えると、美園蘭子は何がおかしいのか吹き出した。
「大牙くんって変」
「へっ、変か? やっぱり?」
変だなんて、昔から言われ慣れてる。友達からは、なんか犬みたいで変。家族からは、狼じゃないみたいで変。はいはい、変ね、了解了解。そんな風にやり過ごしてきたはずなのに、いざ美園蘭子にそう言われて、動揺している自分が不思議だ。
「やっぱりって何、変なの。……あ、また言っちゃった」
「なんだよ、やっぱ変かな、俺」
「変だけど、かっこいい。……いつも、ありがとね」
美園蘭子は俺のことを抱きしめる。
「私も、大牙くんの助けになりたいな」
耳元でささやく美園蘭子のせいで、相変わらず俺の心臓は鼓動を早める。そんな感覚もいいかげんに慣れてきた。
助けというなら、食われてほしい。でもそれを言うのは今じゃない。学校なんかじゃなくて、誰にも見られないところで言うべきだ。
「――ねえ、デートしよ? あの公園で。夜まで」
美園蘭子からの思いがけない提案。あの公園といえば、俺たちが付き合ったきっかけになった場所だ。あそこならめったに人は来ないし、最高のチャンスだ。
「も、もちろん! それ最高!」
「ふふ、大牙くん、尻尾を振る犬みたいでかわいい」
射抜くような視線で言う美園蘭子に抱いた思いは、正体がバレたかもしれないという焦りだけではない。もうとっくにわかっていた。俺は、美園蘭子に――伝えなくてはいけない気持ちがある。
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