第57話 「会っていただきたい人がいるんですよ」

1/1
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/111ページ

第57話 「会っていただきたい人がいるんですよ」

「ありがとうございました」  昨日、訪ねた雑貨屋の扉を(くぐ)る。  私の手には、深緑色の包装紙に包まれた、長方形の箱が。勿論、中身はネクタイだ。  これもヒロインがなせる業なのか、黄色いネクタイが売られていた。  ご丁寧に、オレンジ色の刺繍入りで、まるで乙女ゲームのアイテムのように見える。  一瞬、アイテム屋かと疑ってしまったほどだ。  でもこれで、ネクタイは手に入れた。さすがのエリアスも、プレゼントとして渡された物を無下にはしないはず。  ちょっと強引な手だけど、私もどこまで拒めるか。正直、自信がないから。  ニナにあぁ言ったものの、ネクタイだって、どれくらい抑制力になるかどうかも怪しいし。  いつかお父様の耳に入るのも時間の問題だった。  それでも、ないよりかはマシだから。 「私はお嬢様の意図が分かりません。ネクタイを買うなんて、やはり危険です」 「どうして?」 「……いえ、何でも。お嬢様はそのままでいてください。エリアスには私からキツく言っておきますので」  何を? と聞いても平気かな。  私がそう口を開きかけた瞬間、後ろから大きな声が聞こえた。 「お~い! お嬢さん、待ってくれ!」  思わず後ろを振り向いた。  自分が呼ばれた、なんていう自意識過剰なことではなく、何だろう、何かあったのかな。その程度の気持ちだった。  だからその先に、ケヴィンがいるとは思わず驚いた。それも、私の方を見ている。  え、もしかして、私を呼んだの? 「良かった。追いついて」  私たちが歩いて来た道からやってきたケヴィン。言い方からして、雑貨屋の店主に聞いたのかしら。  まだ表通りに着く前だったからいいけど、大声で呼び止める行為はやめてほしい。何のために、護衛がついていると思っているのよ。 「大丈夫。ここら辺で、お嬢さんを襲う奴なんていませんよ」  私が怪訝な顔で出迎えたからか、そんなことを言ってきた。 「ここが貴方の縄張りだから?」 「まぁ、あながち間違いじゃないです」  なぜか照れた表情をするケヴィンに、私はクスッと笑った。 「ふふふっ。それは心強いわね」 「まぁ、一応、顔が利きますから、安心してください」 「ありがとう。それでどうしたの? わざわざ呼び止めるなんて。急用でも?」  息を切らしている様子はなかったけど、声を掛けてきた時のケヴィンはこっちに向かって走って来ていた。  エリアスはケヴィンを連絡係と言っていたから、余計、何の用事なのか気になった。 「えっと、急用といえば急用ですかね。お嬢さんに会っていただきたい人がいるんですよ」 「……えっと、その人は忙しい方なの?」  毎日外出ができるほどの暇人相手に、急用という表現は使わない。だから、瞬時に相手のことだと思った。が、どうもケヴィンの反応が悪い。 「いいえ。本人は忙しい忙しいと口癖のように言っていますが、そんなことはありません。どちらかというと、お嬢さんの都合でお願いしているんですよ」 「私? 私はいつでも時間が取れるわよ。それこそ、エリアスに言えば済むことでしょう」  昨日だって、あれからケヴィンの所に行ったんじゃないの? と()えてそこは省いて言った。 「反対すると分かっているのに、言うと思いますか?」 「……う~ん。エリアスも分かっているのなら、大丈夫じゃないかしら」 「いや、賭けてもいいです。あいつは頼んでも、絶対に言いませんよ」  昨日の不機嫌そうなエリアスを思い出し、私は口を(つぐ)んだ。 「それでも、来てもらえますか?」 「……えぇ、構わないわ」  エリアスが嫌がるのは、ケヴィンのお店に行くこと、または会うことだ。  プレゼントで機嫌を取るようなことはしたくないけど……。  少しだけ悩んだ結果、私はケヴィンの招待を受けることにした。  相手が誰だか気になったのだ。  確か、ケヴィンルートの重要人物は、二人。  一人目はオレリア・カルヴェだ。  マリアンヌが使用人たちの計らいで、ケヴィンのお店に行くことになった、原因の人物。  伯爵家でマリアンヌが虐められていることを知ったケヴィンは、知り合いの宝石店や洋服店に協力を煽り、オレリアに散財させる。  元々、叔父様も浪費家だったから、カルヴェ伯爵家が傾くのは早かった。  その間マリアンヌは、ケヴィンのお店に避難して、使用人たちの次の雇用先を見つけたりしながら、世話を焼いていた。  これが商人、ケヴィンの伯爵家没落ルートの全容だった。  もう一人は、ネリー・エナン。  ケヴィンにとっては妹のような存在で、お店のオーナー夫婦の一人娘。  そう、ケヴィンのお店と言っているが、これは便宜上のもので、実際は本人の物ではない。  拾ってもらったオーナー夫婦のために、お店を切り盛りした結果、自分のお店のようになっていたのだ。  そんなケヴィンをオーナー夫婦は可愛がり、一人娘のネリーも慕っていた。  だから、マリアンヌの存在は、ネリーにとっては面白くないわけで……。  ケヴィンのお店に避難している間の、当て馬キャラ。それがネリーだった。  だからこそ、相手が誰だか気になった。  オレリアは首都にいないし、ネリーを紹介する意味も分からない。  その疑問が解消されたのは、一時間後。まさかお店に入ってすぐとは思わなかった。 「いらっしゃい。待っていたんだよ」  出迎えてくれたのは、私と同じ金髪にオレンジ色の瞳をした女性だった。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!