第3話 「泣かないでくれよ」

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第3話 「泣かないでくれよ」

 それ以降、私は教会に通うことを躊躇(ためら)わなかった。  エリアスには相変わらず会えなかったが、行くと必ずマリーゴールドが置いてあったから。  そんなある日のこと。  いつものように、礼拝堂でお祈りした後、マリーゴールドを取ると、なぜか数メートル先にも置いてあった。それを取ると、また数メートル先にも同じ物が。  明らかに私を誘導している。私はそれをエリアスの仕業だと思った。  喧嘩したわけじゃないけど、そろそろ普通に会おうと言う意図があるのかもしれない。だから何も疑わずに、私はマリーゴールドを拾っていった。思い違いだとも知らずに。  そうして辿り着いたのは、小屋の前だった。私は何の疑いもなく、中を(うかが)う。 「エリアス? いるの?」  声をかけた途端、期待していた出来事は起こらなかった。代わりに背中に強い痛みを感じる。 「うっ」  そのまま前に倒れ込む。  痛い。血が出たのかと思うくらい、背中がじんじんする。  それと同時に男性の、それも大人の声が聞こえた。 「し、死んでいないよな」 「このくらいじゃ、死なねぇよ。まぁ、向こうさんはそれでもいいらしいぜ」  あぁ、やっぱり私はエリアスに嫌われていたのね。声は見知らぬ男たちのものだったが、きっとエリアスが手配したのだと分かった。  あのマリーゴールドがその証拠だ。  男たちに襲われたことよりも、私はその事実がとても悲しかった。マリーゴールドの花が、会わなくても通じ合っているように感じていたのに。でも、それは私の思い違いだったのね。  エリアス……ごめんなさい……。貴方を利用しようとしたから、罰が当たったんだわ。  意識を失うまで、私は謝り続けた。  *** 「マリアンヌ! マリアンヌ!」  私を呼ぶ声に目を開けると、なぜかエリアスがいた。茶髪に緑色の瞳。確かにエリアスだ。  でも、何で? 私をごろつきに売ったんじゃないの? 貴族令嬢の、特に子供なんて、格好の的じゃない。 「良かった。気がついて」  どうして、そんな優しい声を出すの? 「マリアンヌ!? どこか怪我でもしたのか?」  怪我? 背中が痛いよ。でも、そんなことより、なんでエリアスがいるの? 「ごめん。助けるのが遅くなって。だから……」  急にエリアスが私を抱き締めた。 「だから、泣かないでくれよ」  そこで私は初めて気がついた。エリアスの服を濡らしてしまったから。 「だって、だって、エリアスが、エリアスが」 「うん。疑われて当然だよな。会うのが怖いくせに、こっそり花なんか置くようなマネして」 「会うのが怖い? 嫌いになったんじゃなくて?」 「嫌いになっていたら、花なんて置かないよ」 「なら、好き?」  私の言葉に、エリアスの体が固まった。そこで私は気がついた。  ただ単に、嫌いの反対を聞いただけだったんだけど。おかしな質問になっちゃったー! 「えっと、あの、そうじゃなくて。……嫌いじゃないってこと?」  言い直した時にはもう手遅れだった。体を引き離され、真剣な眼差しを向けられた。 「本当は貴族令嬢のマリアンヌに、こんな思いは抱いちゃいけないんだろうけど、好きなんだ。俺の考えを初めて肯定してくれたから」 「っ!」  私は驚いて顔を下げた。まだ乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の舞台に立っているわけじゃないのに、告白を受けるとは思ってもいなかったからだ。  さすがはヒロイン補正。大人でも子供でも関係ないのね。  そんなことを思わないと、この沈黙に耐えられなかった。 「ごめん。急にこんなことを言われたら、困るよね。だけど、これだけは信じてほしい。今回のことは、俺が仕組んだことじゃないってこと。マリアンヌを危険な目になんて、合わせたりしないってことを」 「……なら、誰が?」  絞り出すように私は聞いた。 「君の叔父さん」 「え?」  叔父さんって、お父様が亡くなった後、カルヴェ伯爵家を乗っ取る、あの男?  確かに、私に危害を加える可能性がある人だけど。 「どうして?」 「そこまでは、部外者の俺には分からないよ。ただカルヴェ伯爵は、すぐにピンと来たようだった」 「お父様に連絡したの?」 「うん。君が帰る頃になっても、教会の外に馬車が止まっていたから、司祭様に言ったんだ。そしたら念のためって伯爵家に連絡してくれて」  すると、お父様はすぐに叔父様のところに行ったらしい。 「その間、俺は孤児院の皆と、君を探したんだ」 「危ないわ。私を気絶させた人たちがいるのよ」  ()えて攻撃という言葉は使わなかったが、エリアスの顔が険しくなった。 「俺のせいで、君は危険な目に遭ったんだよ! この小屋の前に、マリーゴールドが置いてあるのを見て、俺は!」  エリアスはハッとなり、声のトーンを下げた。 「だから、疑ったんだろう。それで俺を見た途端、泣き出したんじゃないか」 「ご、ごめんなさい」  違うわ、とはさすがに言えなかった。ここまで言い当てられて、否定の言葉を口にするほど、愚かでもない。 「とりあえず教会に戻ろう。カルヴェ伯爵もいるから」 「うん」  返事をすると、私の体が浮いた。エリアスに抱き上げられたのだ。 「エリアス!?」 「大丈夫。孤児院の子たちで慣れているから」 「そうじゃなくて~」 「ダメだよ。君は貴族令嬢なんだから」  それもまた、おかしな理由だよ、エリアス。  ***  教会に着くと、本当にお父様がいた。 「マリアンヌ!」  エリアスの手から、お父様の手に渡り、私はホッとした。お父様も無事なことに安堵したのだ。  叔父様が私を狙ったのなら、おそらくお父様の死因に関わっている可能性が高い。  確かに、お父様の死で、一番得をするのは叔父様だから。これからは気をつけないと。 「ありがとう。エリアス君」 「いいえ。お嬢様が無事で良かったです」  お、お嬢様!? 「君のお陰で、マリアンヌは無事だったんだ。何かお礼をしたいんだが、何が良いかな」 「俺をお嬢様の護衛に雇ってくれませんか?」 「え?」  驚いた声を出したのは私だった。  いやいや、ダメでしょう。私の護衛にしたら、将来侯爵になれないんだよ。  お父様、ダメだって言って! 「うん。いいよ。君はなかなか勘もいいし、頭もいい。何より、マリアンヌを大事に思ってくれているからね」 「お、お父様~」 「なんだい。マリアンヌは反対かい」  私はお父様とエリアスの顔を交互に見た。 「いいえ」  とてもじゃないが、反対できる状況じゃなかった。 「じゃ、決まりだね」  確かに味方がほしかったんだけど、こんなのは想定外だよ~。  そんなこんなで、エリアスは侯爵ではなく、私の護衛になってしまった。
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