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Fランク冒険者の得意な仕事
森まで一角黒ウサギを送り、ラリエット教会に着くと俺はすぐ奥の調理場へ向かった。
「アルミラー!」
調理場はクッキーの焼ける甘く香ばしい匂いとは裏腹に、盗賊が入って荒らしたのかってくらい、散らかり放題、荒れ放題。忙しなく僧侶たちが出入りしては準備に追われている。
「あ、フィル。遅かったですね。昨夜から気合い入ってたのでもっと早く来ると思ってました」
そんな戦場のような場所でも泥中に咲く花のようにアルミラが朗らか笑いかけてくる。
俺だって早く来たかったよ。でも、馬車には定員がある。アルミラは最初の馬車で王都に行った。俺は最後発だったから到着は一番最後。さらに一角黒ウサギの面倒まで見てたからもう、日が暮れかけてしまっている。
「寄り道しててさ。それより聖夜のケーキは?」
「もちろん、完成してますよ」
アルミラが自信ありげに奥のテーブルを手のひらで指し示す。そこにはお目当てのケーキ。切り株の形をした、チョコレートロールケーキがずらりと並んでいた。
「壮観だなあ。本物の木が並んでるみたいだ」
「フィル、アルミラはすごいですよ、王都のケーキ屋顔負けです」
ケーキ作りを手伝っていた僧侶たちがアルミラを褒め讃える。
ふふん、そりゃそうだ。
なぜかアルミラの腕前を褒められると俺も嬉しくなった。俺と旅をしてる時にレシピをたくさん収集して経験を積んだわけだから、アルミラの腕が上がったのは俺のおかげといっても過言じゃない。
「アルミラ、この切り株ケーキのレシピ、覚えてきてくれよ。そうしたら一年に一度といわず、ラシール教会でいつでも食えるからさ」
「もちろんです。あ、そうだ、切り株クッキーもたくさん焼きましたよ」
アルミラが木のトレイに乗せたクッキーを見せてくれる。普通の生成色の生地とココア生地を重ねてぐるぐるっと巻き、棒状にした生地を切っていくと、断面が渦巻きのクッキーが出来上がる。これも切り株になぞらえていて、数枚を一つの袋に入れて子供たちに配る。
「美味そうだな、さすがアルミラ」
「フィル、アルミラがすごいのはこれだけじゃなくて」
僧侶たちが別方向を指差す。
指差した先には小さな小屋があった。小屋っていうか、よく見ると教会風の建物。壁面と屋根がクッキーでできている。その屋根や壁にはチョコレートで模様が描かれ、色のついた飴細工で作ったステンドグラス風の窓が嵌め込まれている。
「お菓子でできた教会!?」
「はい、中はお菓子でいっぱいにしようと思ってます」
「すげえ、俺ここに住みたい。アルミラ、もっと大きいの作れない?」
「腕を磨いて来年には!」
俺とアルミラの会話を聞いていた僧侶たちが口を開けたまま固まっている。
「君たちは普段教会でどういう過ごし方をしてるんですか……」
さて、じゃあ俺もつまみ食い、じゃなくて味見して手伝うか、と思ったところに騒がしい奴が調理場に入ってきた。体格がゴツくて頭はツルツル、そして声がデカい。調理場のドアをばーんと豪快に開け放つ。もう少し後ろにいたら俺ドアごと吹っ飛ばされてた。
「おーい、フィル!あ、いた!ここじゃないかと思ったんだ!」
ジジイたち以外ではラリエット教会内ではわりと古い知り合いのノーキンだ。僧侶のくせに何故か身体を鍛えていて、見た目、性格共々暑苦しい。俺を探してたみたいだけど嫌な予感しかしない。
「フィル、暇だろ?ちょっとこっちを手伝ってくれ」
「暇じゃないよ。俺はこれから余った材料を処理しなくちゃいけないんだ」
「余った材料の処理?調理の間違いじゃないのか。お前料理はできないだろう。それよりちょうどいい仕事がある」
ノーキン、人の話しを聞け。これだから筋肉マイペースは嫌なんだ。
「ネリル大司教の了解はとってある。大丈夫だ、すぐ終わる!」
結局、俺はノーキンに襟首を掴まれ引きずっていかれた。俺の役割が……。同情した顔のアルミラに見送られ、仕方なく廊下を自分の足で歩く。
「なんだよ、仕事って」
どうせ魔獣退治か結界かのどっちかだろ。さっさと終わらせて自分の持ち場に戻ろう。
「葉の収集だ!」
「は?葉っぱのこと?」
「そうだ。大食堂に飾るリースを作る葉が足りないんだ。王都近隣の安全な森の葉は街の住民たちが取ってしまってないから、北の森に調達しに行こうと思ってな」
北の森は王都周辺では比較的魔獣が出やすい。前にバジリスクがいたのも北の森の方だった。つまり、魔獣が出ても俺がいれば安心ってことか。
「Fランク冒険者というのは、薬草取りが得意な仕事だろ?だからフィルがいれば安心だと思ってな!」
そっちかよ!
* * *
北の森は鬱蒼としていて昼でも暗いし、魔獣もいる。その上、迷いやすい。だからあんまり慣れてない人は近づかない方がいい。
俺は探知魔法使えるから帰る方向見失うことないし、魔獣が出ても怖くないし。ってことでずんずん、森の奥へと進んでいく。さっさと葉っぱ集めて早く帰ろう。
高い木々が途切れ、陽が差し込む所に出るとお目当ての葉っぱをみつけた。常緑樹で、鮮やかな深緑色、葉の周囲はとげとげしている。
「赤い実がついたやつにしてくれ。それから見栄えが良いやつを」
「はいはい」
ノーキンの要求は聞き流し、葉っぱをカゴに放り投げていると、ふと森の先が気になった。立ち上がり、探知魔法を使う。魔獣の気配はしないけど、何かがいるのは確かだ。
「フィル、どうした?」
「今、なんか向こうの方で気配がした。でも変だな、魔力探知には引っかからないから魔獣じゃないみたいなんだ」
人かな?そろそろ日は暮れかけている。森は木々の陰になってただでさえ暗いのに、夜になって明かりも持ってなかったら迷うぞ。
王都の明かりに向かって歩けばいいと思うかもしれないけど、街の明かりに魔獣が集まってしまわないように、森から王都の明かりが見えないようにする魔法が、結界魔法の一つとして使われている。だから一定以上離れると街の灯を頼りにすることもできない。
「俺たちと同じように祭事の飾り用の葉を採りに来た人かもな。王都に戻ったら警備兵に報告するか」
「いや、ちょっと行って連れ戻してくる。祭事の最中に行方不明者騒ぎとか面倒だし。ノーキンは先に戻ってて」
「一人で行くつもりか?危ないだろう、なら俺も行く」
「いいよ、足手まといだから。王都の結界魔法は俺も関わってるから、魔法に惑わされて王都の位置わかんないとかないし。あと飾り付けの手伝い面倒くさいし」
「最後のが本音か。あまり深くまでは行くなよ。見間違いかもしれないんだからな」
わかった、と言ってノーキンに採取した葉っぱをカゴごと渡し、俺は森の奥へと歩き出した。
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