黒歴史がもう一つ

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黒歴史がもう一つ

「おーい、誰かいるかー?」  すっかり日が落ちて暗くなった夜の森に向かって叫ぶ。これは絶対他の人は真似しちゃダメ。魔獣が寄ってくるから。  魔獣はおろか誰もいない。暗さが増したと思って空を見上げると、空はすっかり暗く、重たい雲が垂れ込めて月は見えない。冷たい風が森の木々の間をすり抜けていく。街中はランタンに蝋燭の火を入れて今日は夜も賑わっているのに、森の中は薄暗くて不気味。ああ、街の賑やかさが恋しくなるな。 「なあ、誰もいないならいいんだけど、迷い込んじゃったなら送るぞー」  声が通るよう口に手を当て誰にともなく投げかける。立ち止まりしばらく耳を澄ます。  反応なし。やっぱ俺の見間違いだったのかな。そう思って引き返えそうとしたその時、ガサリと森の奥で葉が擦れる音がした。そしてドスドスという足音が遠ざかる。足音の重量や間隔からして魔獣や動物ではなく、たぶん人。 「あれ?……逃げた?」  俺は追うかどうか迷った。森で迷ってて助けが必要なら、俺の声を聞いて逃げていくのは変だ。  王都は聖夜のお祭りで賑わってるっていうのに、こんな暗い森の中に忍んでいるやつがいたってことは。 「なんか、面倒ごとの匂いがする……」  今日は夜中でも街中に人が出ている。王都の城門は五時で閉門するから、もしかしたら空いた家に侵入した盗賊が、東区域の城壁から抜け出して逃げようとしてる、とか?  だったら帰ろうかな。盗賊退治とか、僧侶の仕事でも冒険者の仕事でもないし。  引き返すにしても、月明かりがなくてあんまりにも暗いので、足元が見え辛い。俺は光魔法を使い辺りを照らした。加減を間違えて思いのほか、光魔法が広く森の中を照らす。急に明るくなった木々の向こうに、二人の大人の男の背が見えた。忍び足で慎重に歩いていた男たちが、突然照らし出されたのに驚いて振り返る。  あ、やっぱり人がいたのか。しかも二人。  二人のうち前を行く方は背が高く、すぐ後ろの男背が低い。振り返った男たちはそろって人相が悪いし身なりも汚い。どう見ても祭事の飾りのための葉を探しに来た普通の街の人には見えない。  二人は大きな布袋を肩に担いで運んでいるところだった。男たちは舌打ちをすると、すぐ横の森の茂みに入っていった。  何運んでたんだ?  俺の姿を見て、いや、自分たちの姿を見られて男たちが焦っていた様子が気になった。袋の中身はわずかに動いているようにも見えた。あの布袋の大きさって、ちょうど小さな子供が一人入る大きさじゃないか……?まさか、盗んだのは物じゃなくて子供……!? 「ちょっと待っ……うわっ!!」 慌てて追いかけようとしたところで何かにつまづいた。前につんのめり顔面から転ぶ。……鼻痛え。  勢いよく飛び出しただけに、派手に転んだ。鼻を押さえつつ起き上がり土を払う。ノーキンと一緒じゃなくて良かった。こんなとこ見られたら絶対笑われて教会中に言いふらされてた。髪についた土と葉を払い落とし、光魔法を消し、別の魔法を使う。使った魔法は自分の気配を消す魔法。んで、さっきの男たちの足跡を追うため歩き出した。冷静に考えれば走って追う必要ないじゃん。  決して転んでテンションが下がったわけじゃない。魔道士には魔道士なりのやり方でいこうと転んだおかげで冷静になっただけ。  気配消す魔法に続いて今度は地魔法を発動。このあたり一帯の地面を雨が降った後のようなぬかるみにした。  うわっ、と悲鳴に似た驚いた声が遠くに聞こた。よしよし、罠にかかったな。地面をぬかるみにしただけだから、人に対して魔法を使ったわけじゃない。でもこれであいつらの足止めにはなる。  目を閉じて魔力を研ぎ澄ます。木々に宿る精霊たちのざわめき、そして風の精霊たちの声を聴く。  布袋の中身が人かどうかはわからないけど、二人がかりで運ぶくらいの重さだから沼化した地面を走れはしないだろう。  しばらく歩くと、案の定、男たちの影を見つけた。木陰に隠れて様子を伺う。男二人はさっき俺が仕掛けた泥沼魔法にハマったらしく、足が泥だらけ。すぐ横に布袋を下ろして、靴の泥を落としながら相談していた。 「何なんだ、いったい。こんなところに沼地なんかあったか?まあいい、それよりどうする?こいつ始末しちまうか。こうなったら足手まといなだけだろう」 「そうだな。他に何かいい手段を考えるか」  連れて逃げられないとなったらその場で殺す気か。まずい、俺もしかして余計なことしたかな。誘拐だったらお金と引き換えにするから命をとられることはない。奴隷として売られるにしてもだ。買い戻すことができる。でも命を奪われたらそうはいかない。 「じゃあさっさと始末するか」  背の低い男の方がナイフを手にする。  「良い方法だと思ったんだがな。思ってたより大きいし重いし、何より目立つ」  そんなの最初からもっと計画しとけよ。  魔法でぶっ飛ばしてやりたいけど、それはできないから、仕方ない。俺はすっと手のひらを返し魔法を発動した。木々の上の方から蔦が触手のように下りてきて、男たちのそばに置いてあった布袋を絡め取る。 「うわっ、何だ!?」  そのまま布袋は高く持ち上げられ、しばらくして俺の足元にドサッと着地。とりあえず救出成功。 「ま、魔法!?」  男たちが驚いて周囲をぐるりと見回す。その視線が俺でピタリと止まる。近づき過ぎたのもあるけど、気配消し魔法は警戒してる人には効かない。姿を消す魔法じゃなくて、存在が認識されにくくなるだけだから。 「だ、誰だ、エルフか!?」  なんでエルフなんだよ、って思ったけど、ああ、そっか。樹木の精霊魔法使うのはエルフだもんな。意外とよく知ってんな、こいつら。  あ、そうだ。俺は『エルフ』で(ひらめ)いた。この後、どうしようかと思ったけど、こいつら脅して追っ払おう。 「頭が高い。我はこの森の主だ」  風魔法を使って声を響かせる。念話魔法なんかも織り交ぜると効果的か。光魔法で身体の周囲をほのかに光らせる演出も入れてみよう。 「貴様ら、この森から生きて帰れると思うなよ」  男たちが俺を凝視する。頭の先からつま先、そして俺の顔でピタリと止まる。悲鳴を上げて逃げるかな、と思ったら。次の瞬間、背の高い方の男が口の端を吊り上げて笑う。 「なんだ、教会のガキか。少し魔法を使えるからって調子に乗ってやがる」  簡単にバレた。え、なんでだ、なんでバレた? 「こんな森で派手な服着て一人でうろついているなんて馬鹿なガキだ」  すっかり忘れていたけど、俺は今、聖夜の祭事用の赤色のローブ着てるんだった。いつもの黒いローブならまだしも、こんな陽気な格好をして森の主って。これかなり恥ずかしい。 「おい、どうした、やれるものならやってみろ」  ばつが悪くて言い返す言葉が出てこない。いっそあいつら魔法でぶっ飛ばして恥ずかしい記憶ごと消してやろうか。 「ゆ、誘拐して逃げきれないからって何も殺すことないだろ」  失態をごまかすには相手の非を責めるに限る。 「誘拐?何を言ってんだ、お前」  男たちが怪訝な顔で俺を見る。 「ああ、そうか。その袋に人の子供が入ってると勘違いしたのか」  その時、足元に置いていた布袋がモゾモゾと動き、袋の口からツノが突き出た。そこから穴が広がって一角黒ウサギがひょいっと顔を出す。 「またお前か」  いくら俺でも一角黒ウサギの個体は見分けられない。それでもこいつはわかる。ツノにりんごが刺さっていたから。こんな悪戯をするのは俺しかいない。しかも他の奴らに食われたのか、りんごの芯とその周りの残りだけが刺さっている。いや、外してから食ってやれよ。りんごぶっ刺した俺が言うのも何だけど。 「これでわかったか、ガキ。俺らは誘拐なんてしちゃいねえ。魔獣を捕まえてただけだ。何が悪いんだ?捕まえた魔獣の素材を売って金を得るのは冒険者として普通だろ」  男二人がニヤニヤと笑っている。どこまでもいけすかない奴らだな。確かにこいつらの言うとおり、魔獣退治は悪いことじゃない。  一角黒ウサギはなぜかこの国にしかいない。だからもし毛皮が高値で売れたりしたら、簡単に絶滅するだろう。そうなったところでこの国の商売は潤うし、誰も困りはしない。けど……!  背の高い方の男がヒソヒソと何か小声で背の低い方の男に小声で短く話した。それを聞いた背の低い男がニヤリと笑いうなずく。俺は一角黒ウサギの前に立った。 「おいおい、何してんだ?まさかその魔獣を助けようってのか?やめておけ。それよりこっちへこい。俺たちが街まで送ってや……」  その時、急に雲間が薄くなり月明かりが薄くさした。辺りがわずかに明るくなる。が、男たちは背後には巨大な何かの影の中にいた。 「何だ……?」  男たちが異変に気づき振り返った、その瞬間。黒い影が男二人をぶおん、と掬い上げるように払ったか思うと、二人の姿が一瞬にして遠くに吹っ飛び消えた。  俺は呆然と黒い影を見上げた。  あれは……なんだ?魔力は感じない。いや、少しはあるか。不思議と恐怖は感じなかった。なぜか俺には攻撃してこない、そう思った。  雲が流れ、一瞬だけ月が顔を出す。月の光りを逆光にくっきりと描く輪郭が見えた。赤い眼が二つ、額に尖った角。その上に伸びる長いピンと立った耳。  こいつって、もしかして。    気づくと俺の足元にいた一角黒ウサギが、影に向かって跳ねて行く。止めようと思った手が止まる。  その後ろ姿が嬉しそうに見えたからだ。視線を上げると、そこにあった黒い影は跡形もなく消えていた。  月がまた分厚い雲に隠れ、森はまた暗い闇に包まれた。  男二人がいた辺りに何か光る物が見えて、そこにいくと、小さな小袋が落ちていて、近づくと小袋から宝石が溢れ出ていた。
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