エピローグ

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エピローグ

「たぶんそれは盗賊たちの常套手段ですね。王都で盗んだ物を小型の魔獣の腹の中に隠し、他所で売る。もし王都を出る途中で警備兵に怪しまれても冒険者だと偽れば、魔獣の腹の中まで見せろとは言われませんからね。そういうやり方が最近の盗賊たちの間で横行しているんですよ」  ありがとう、と警備兵にお礼を言われ別れた。  あれから俺は王都に戻ると、街にいた警備兵を捕まえて宝石の入った袋を渡した。魔獣をつれた男たちは袋を落として城壁の向こうの森の方に行ってしまった、と嘘をついて。  俺が見た大きな魔獣の影の話はしていない。夜に一人王都の外の森にいたって言って、面倒なことになったら嫌だし、この人たちに話したところでどうにもならないし。  俺は急いで教会まで引き返した。  街にはランタンの明かりを片手に人々が幸せそうに歩いている。家々から漏れる()が普段よりも明るく、ご馳走の準備中か、食べ物のいい匂いもする。教会の隣りにある孤児院の前までくると、子供達が並んで歌を歌っていた。  教会の前ではジジイどもが赤いローブを着て白い布袋を担ぎ、街中の子供たちにクッキーを配っていた。さっきまでの暗い森の寂しさが嘘みたいに、街は幸せに満ち溢れ、目を奪われていたら後ろからネリルじいちゃんに肩を叩かれた。 「フィル。遅かったのう」  じいちゃんも赤いローブを着て、白い布袋を担いでいるけど、袋の中は空でしぼんでいる。クッキーを配り終えて戻ってきたところらしい。 「ノーキンから森で人をみかけたと聞いたが、何かあったのか」   「あったよ、会った!じいちゃん、一角黒ウサギのボスの話、覚えてる?」  街の人たちにした、一角黒ウサギのボスの話。あれはあの時とっさに作った話じゃない。小さい頃、俺が一角黒ウサギのツノにりんご刺して遊んでた時に、じいちゃんから説教の時に聞いた作り話だ。 「一角黒ウサギのボス?もちろん、知っておる。お前が今日、街の人に嘘を言ってからかっていたという話じゃろう」  じいちゃんの顔が真顔になる。怖え。てか、あのジジイども、しっかりネリルじいちゃんにチクってやがる。 「そ、そっちの話じゃなくてさ。俺、今、見たんだ。一角黒ウサギのボスを王都の北の森で!一角黒ウサギを捕まえて、その腹に盗んだ宝石詰めて王都から出ようとしてた盗賊二人をぶっ飛ばしてった!」 「落ち着け、フィル。そんな魔獣が王都の近くにいるわけないじゃろう。あれはもともとお前を(いさ)めるための作り話じゃ」 「でも俺、ちゃんとこの目で見たんだよ。一角黒ウサギのボス、すごく大きかった。でもあんまり魔力はなかった。だからなのかすぐ近くに現れるまで全然気づかなくて。本当だって!」  じいちゃんがやれやれと、白い顎ひげを撫でる。半分は信じてるけど、半分は信じてない感じだ。 「……にわかには信じられんが、でもそうじゃのう。一角黒ウサギは長寿で、百年以上は生きると言われておる。もしかしたら森の主になってるのかもしれんのう」 「一角黒ウサギが王都郊外の森の主……」 「もしフィルがその一角黒ウサギのボスにあったというなら、フィル、願いが叶ったということになる。良かったのう」 「願い?何のこと?」 「覚えておらんのか?よく話してやったじゃろう。聖夜の夜に願いごとをすると、良い子にしていた子には一生に一度だけ、森の精霊が願いを叶えてくれると。一角黒ウサギのボスの話しをしたら、お前はいつも『そのボスを見てみたい』と言っておったじゃろう。怖がらせるつもりが、あれにはワシも困ったのう」 「え……、何それ……」  じいちゃんの話しを聞くうちにだんだん思い出してきた。確かに聖夜の夜に願いが叶うとかなんとかって話しも聞いた覚えがある。けど、あれこそ大人が子供に言うこときかせるための都合の良い作り話じゃなかったのか。 「聖夜の夜に一生に一度の願いが叶うって、あれ本当の話だったの?」 「昔から伝えられていた話だと言うたじゃろう。お前が一角黒ウサギのボスに会ったというのなら、願いが叶うという話しは本当だったということじゃ」  そんなあ……。俺、一生に一度なんでも叶う願いごとをこんなくだらないことに使っちゃった、ってことか? 「もう一回、願いやり直すことできない?」 「一生に一度と聞いておるから無理じゃろうな」  じいちゃんが白髭を撫でながら嬉しそうに言う。意地悪ジジイ……! 「ネリル大司教さま。そろそろ夕食の時間が……あ、フィル。ちょうど今探しに行こうとしてたところです」  アルミラが教会から出てきた。落ち込んでる俺を見て、アルミラがネリルじいちゃんに何かあったのかと聞いている。じいちゃんは愉快そうに笑って耳打ちしていた。  教会の扉を開け、三人で中に入ろうとした時、ちょうど空から雪がちらちらと降り始めた。街の人も空を見上げ、家路を急ぐ。これからの時間はみんな家に戻ってお家の中でお祝いをするんだろう。  俺は手に持っていた空の布袋に目を落とした。  一角黒ウサギが盗賊に詰め込まれていた白い布袋。これって、王都に来た時、俺が街の人から果物や野菜集めて詰め込んだ袋だ。    遠く北の森の方を俺は見た。  じいちゃんが言った『森の主』で思い出した。  ——森の主が動物や魔獣たちを集めて、切り株をテーブルにご馳走を並べて星空の下、聖夜の夜を祝うようになった。  じいちゃんから聞いたこの話し、俺は気に入っていて幼心にそのまま信じた。んで、それ以来、毎年聖夜の夜に果物や野菜を持って森の中に行って、切り株の上に並べて木の陰に身を潜めて見張ってたっけ。切り株囲んで魔獣たちがパーティ始めたら、俺も入れてもらおうと思って。  結局、いなくなったのがすぐバレて、連れ戻されたから、一度も魔獣たちのパーティは見れなかったけど。  そういやボスは俺を襲ってこなかったし、襲う気配もなかった。 「フィル、切り株ケーキ何個食べます?」  一角黒ウサギのやつ、俺の匂い覚えてたのかな。だとしたら、俺はいつもあいつらのツノにりんご刺して遊んでたけど、あいつらにとっては、俺は食い物くれるヤツって風に覚えてたのかも。  思わず口もとが緩む。  今頃、あいつらも切り株囲んでパーティしてるのかな。   「フィル?」 「もちろん、食べられるだけ食べる」 おわり
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