プロローグ

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プロローグ

 子供の頃、年に一度、特別な日にだけ食べれるケーキを俺は楽しみにしていた。そのケーキはロールケーキなんだけども、なぜか切り株に似せて作られていた。  ココア生地でチョコレートクリームを巻いて、ロールケーキの断面を木の年輪みたいに見せ、周りはチョコレートクリームでコーティング。その上にチョコで線を描いて幹の紋様を表す。チョコレートを薄く削ってくるっと丸まったカスを木屑(きくず)に見立て、木苺やブルーベリーは木の実、ミントの葉はそのまま木の葉を表している。  最初の頃はそれだけだったらしいけど、それだけじゃ寂しいから細かく切ったリンゴやオレンジの果実をたくさん飾り付けるようになって、今では果物がたくさん盛り付けられている。この切り株ケーキは特に子どもたちに大人気で、俺も大好きだった。  ただ、このケーキが食える日は決まっていて、冬の日が一番短い日、その一日だけ。この日をラリエット教会では『聖夜』と呼び、教会の僧侶たちが街に出て子供たちにクッキーの入った袋を贈る催しなんかもやったりする。  もともとは教会の伝統祭事で昔は教会内だけで祝ってたんだけど、教会の隣りに孤児院ができた頃から、教会のジジイたちが白いあご鬚をつけ、赤いローブを着て子供達にクッキーをあげる習慣が加わったらしい。俺はこの祭事が毎年楽しみで、待ち遠しかった。  俺は孤児院の方じゃなくケーキとクッキーを準備する教会側にいたから、準備中に割れてしまったクッキーや余った生クリームが食べ放題。しかも当日は当日でクッキーももらえたし、美味しいとこどり。退屈だった教会の単調な生活も、この時期だけはわくわくした。 「なあじいちゃん、なんでこの日食うケーキだけ切り株の形してんの?」  小さい頃、ケーキが食べれるのが嬉しくてネリルじいちゃんに切り株ケーキの由来を聞いた時のこともよく覚えている。 「んん?ああ、それはのう。その昔、王都の北の森の中に一際大きな聖なる木があったんじゃが、冬の夜、雷が落ちて折れてしもうてのう。ラリエット教会の僧侶はそれを哀れみ、切り株を綺麗な平にし、そこに食べ物を森の精霊たちに献納したそうじゃ。そうしたら森の主が動物や魔獣たちを集めて、切り株をテーブルにご馳走を並べて星空の下、聖夜の夜を祝うようになった。それ以来、年に一度、ワシら僧侶たちも切り株に似せたケーキを食べる風習になったんじゃよ」 「ふーん、じゃあなんでクッキーくれんの?」 「森の精霊が人々に恵みを分け与えてくださるのと同じように、一年良い子にしていた子には教会からもプレゼントが貰えるんじゃ。じゃからフィル、お前も弱い魔獣をいじめて遊んでいるとクッキーが貰えなくなるぞ」  ネリルじいちゃんが笑いながら俺の頭をぽんぽんと軽く叩く。幼かった俺はじいちゃんを見上げた。 「じいちゃん、それ脅迫?」 「きょ、脅迫じゃないわい!教育じゃっ!」  
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