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2年後 ───
「 ねぇ聞いた、世界一の美女、マネージャーと電撃結婚して無期限活動休止だってー。アリスちゃんが、誰かのものなんて嫌〜!…だってさ 」
とあるレトロな雰囲気が漂う喫茶店の片隅で、報道されてる内容を目の前にいる人物へとスマホを向けて伝えれば、
サングラスを掛けたまま食事をしてる彼は、
片手を伸ばし私の口元についたケチャップを指で掬って取り、何食わぬ顔をして自らの口元に寄せ赤い舌先で舐めた。
「 ふっ、その世界一の美女は大きなオムライスをハムスターの様に食べながら、口の周りをケチャップまみれにしてるなんて、誰も思わないでしょうね 」
「 いいんだよ…。こう言う情けない私を見せれるのは、彼氏の前だけなんだから 」
ふっと笑ってスマホを横に置いて、スプーンを持ち直して口へと運ぶと、目の前ではスパゲッティをフォークで丸めて食べている彼は、すっと落ちたパスタが白いカッターシャツへとオレンジ色のシミを作った事に眉を寄せた。
「 彼氏?旦那の間違いでは 」
「 ふふっ、人の事が言えないぐらい汚してるじゃん 」
「 帰ったら洗う…… 」
手拭きで汚れを取ろうとしたものの諦めて、手元に手拭きを置けば、もう一度食べ始めた彼の口元へと、一口サイズに掬ったオムライスを運ぶ。
「 一緒に入ろうね。洗ってあげる 」
「 あー……ん、 」
何処か照れ臭そうに口を開いた後に咀嚼した彼は、自らの口元についたケチャップを指先で取ればそのまま手拭きで拭き去ったのだから、さっきのは態とだとわかる。
「 オムライスも悪くないですね 」
「 ここのは特に美味しいよ。玉子がふわトロで、量も多いし。新鮮な卵を5個だっけ?使われてるの 」
「 5個……。一度に良く食べれますね 」
前より食欲が上がった私に、彼は自分のパスタを食べ進めながら呟いた為に、ふっと笑って自らのお腹へと触れる。
「 もう一人分いるからね…。しっかり食べなきゃ 」
「 ……(元)ぬいぐるみと人間の子。果たして何が生まれるんでしょうね 」
「 さぁ……?どっちだろうね 」
僅かに膨らんだ腹は、紛れもなく彼の子がいる。
あの日、叶人は亡くなったようにぬいぐるみになってしまったけれど、
私が全てを思い出して、強く願った事で人の姿へと戻った。
其処からずっと一緒にって思ったから、モデルの仕事を止めたんだ。
「 フフ、どっちでも俺達の子には違いません 」
「 そうだね、それで…仕事の方はどう? 」
私が妊娠してから仕事を止めて、収入は貯金があるとはいえど、
それがずっと持つわけでもないから、彼に収入を任せてしまってる。
「 さぁ、世界一の美女には勝てませんよ 」
「 そう?ネットではトレンド入りだよ。ほら 」
エゴサーチが好きな為に、少し前にトレンド入りした内容を見せれば、彼はそれを見た後に緩く口角を上げる。
「 二千年に一度の美形。…人間とは、何年に一度とか言うの好きですね 」
「 結局、キャッチコピー出来るならいいんだよ 」
笑い返しては、オムライスを食べていればふっとやって来た人物へと視線を向ける。
「 あの…お食事中すみません…。先程から、気になっていたんですが…。アリスさんとカナトさんですよね??良ければお二人のサインを貰えませんか? 」
「 私は引退してるので、うちの旦那にどうぞ〜 」
「 へっ、旦那さんってカナトさんだったんですか!?すご…お似合いの美男美女… 」
マネージャーと、って言われてるから叶人である事を知らない人は多いだろうけど、
これから彼がもっと有名になれば、知る事になるだろうね。
「 ありがとうございます。此の雑誌にサインすればよろしいですか? 」
「 あ、はい!お願いします 」
「 へぇ、懐かしい雑誌。引退間際に撮ったやつじゃん 」
二人でカメラマンから撮って貰った写真がいくつかの載ってる雑誌である事を見れば、
自分達の表紙に飾られてる端に熊のマークを崩したようなサインを書いた彼は、マジックペンと雑誌を向けてきた。
「 君を引退させる気はないけどな。無期限活動休止中なんだ、復活させるさ 」
「 私は引退してる気持ちで過ごしていたんだけどなぁ〜。ママのモデルなんて… 」
仕方ないと受け取って、彼の横に慣れたようにサインを書いてから、彼女へと視線を上げ雑誌を渡す。
「 私達二人のサインが有るのは初めてだよ。どうぞ 」
「 ありがとうございます!アリスさんが学生向けのファッションモデルしてた時から、大ファンなので…次は、ママ雑誌でも出て貰えたら嬉しいです 」
「 そう?ありがとう、そう言って貰えてたら励みになるよ 」
「 はい!頑張ってください。では、失礼しました 」
笑顔で頭を下げていった女性が離れた後、小さな溜息をついた私とは違って、叶人は笑みを零す。
「 ほら、君の復活を心待ちしてる方々が多いので…頑張りましょうね 」
「 んー…。無い。叶人以外のマネージャーを持つ気はないです。ごちそうさま 」
「 ったく……それもまた困りましたね 」
お互いに食べ終わった為に両手を合わせて席を立てば、彼はスーツを着直して上着で前側を隠せば、私の荷物を持って歩き出す。
「 …80円持ってますか?万札しかない 」
「 小銭あるよ。はい 」
「 ありがとう 」
支払いもいつものように終えれば、外に出てから背伸びをする。
「 やっぱり俺が場所を選ぶべきだった…。カードやスマホ決済使えないなんて 」
「 まだ現金のところあるよねぇー。んー…クレープ食べに行きたい 」
「 君は本当に自由だな。そういう所も魅力的なのだが… 」
「 ふふ、行こう。叶人 」
財布を鞄に入れながら少し文句を言ってた彼に結婚指輪を付けた手を向ければ、それをそっとお揃いの指輪が付いた手で掴んで、身を寄せては歩き出した。
「 お腹きつくないか? 」
「 まだ4ヶ月だよ?全然だって 」
「 ならいいけど…… 」
少し不安そうな彼に笑い掛けていれば、寄り添うように歩くこの姿が、撮られてることすら…今は自慢のように思える。
「 アリスと元マネージャーのカナト、食べ歩きデートだって。おめでとう、皆にバレたね 」
「 いいけどな…世界一の美女に悪い虫が付かなければそれでいい 」
「 じゃ、叶人は世界一の愛されドールだね 」
背に置いたクッションに凭れてスマホを弄っていれば、彼はそっとお腹に手を当て頬を摺り寄せて来た。
「 そうだな……。君に愛されて、幸せだ 」
「 ふふ、それはなにより。私の方こそ愛してくれてありがとう 」
そっと柔らかい髪を撫でていれば、彼は服の上からお腹に口付けを落とした後、此方へと身体を寄せて唇を重ねる。
全てを包み込んでくれる包容感は、
流石、元ぬいぐるみだけあるのだろう…。
「 これからもずっと…君と、この子を愛し続けるよ 」
忘れられたドール(元人形)はいつか朽ちてしまう。
けれどプレイ(人間)だけは、
記憶を取り戻す事で治すことが出来る。
もう二度と、壊れない"人"として……。
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