04.エバートン家の植物園

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04.エバートン家の植物園

「え?植物園?」 「うん。ロカルドとマリアンヌが落ち合っていたのは中央駅の近くの植物園だよ」  ルシウスは私の目を真っ直ぐに見据えて肯定する。 「でも、植物園は夜間に閉園しているでしょう…?」 「要望があれば開園できる」 「どうしてそんなことを知ってるの?」 「俺の家が管理しているから」 「……は?」  驚く私に向かって、ルシウスは詫び入れる様子もなく「ロカルドに頼まれたから鍵を渡した。マリアンヌとの密会に使われていると知ったのは最近のことだ」と述べた。  私は婚約者の居る身のロカルドが公的な場で堂々と他の令嬢と逢瀬を重ねていることにも辟易としたし、その場を親切に貸しているのがルシウスであることにも呆れた。  ロカルドがここのところ頻繁に植物園に通っているという話は彼の口からも聞いていた。何でも学園の課題で薔薇の交配と育種に関して調べるとかなんとか言っていたけれど。馬鹿正直に「勉強熱心なのね」と信じていた私はただの阿呆だ。 「なに?貴方は不貞の場をロカルドに提供した罪悪感から私に協力しようと思ったの?」 「いや、罪悪感なんてものは全くない」 「馬鹿らしい。早く貴方たちと縁を切りたいわ」 「そんなこと言わないで、シーア」  そっと重ねられた手にビックリして、私は自分の左手を急いで引っ込めて膝の上に置いた。 「随分と警戒しているね」 「当たり前でしょう。貴方は裏切る可能性もある」 「怖いな。爪の一枚でも剥がして預ければいい?」 「まともな発言をしてちょうだい」  すこぶる笑顔のルシウスに身慄(みぶる)いしながら、私は頭の中で計画を練っていた。  先ずはロカルドを呼び出す必要がある。彼と直接話がしたいから。私は、ロカルドの口から彼の真意を聞き出したいと思っていた。しかし、金曜日の食事会でミュンヘン家の家族を前にしてそんな話は切り出しにくい。  マリアンヌの振りをして、なんとかロカルドを呼び出せないだろうか。相手がマリアンヌなら、きっとロカルドは尻尾を振って姿を現すだろうし、婚約者でない彼女との密会に護衛を付けたりもしないはず。 「ねえ、ルシウス。手紙を渡してほしいの」 「手紙?」 「マリアンヌの名前を借りて手紙を書くわ。学園の空き教室で彼のことを待ち構えるつもり」 「サラマンダーの毒は?」 「うーん…飲ませるタイミングが…」 「君は推理小説を読むわりに随分と穴だらけの計画を立てるんだね」  私の鞄から覗く本の背表紙を指さしながら意地悪く笑うルシウスを睨み付けた。 「悪かったわね。Eクラスではそんな授業ないから」 「君がマリアンヌのフリをする必要はないよ」 「どうして?」 「マリアンヌ本人にその役を頼めば良い」 「……なんですって?」  私は驚いて聞き返す。何でもないように言うルシウスは、私のことを馬鹿にしているのかと思った。  マリアンヌに私の復讐の助太刀を頼めと彼は言っているのだろうか。先ず、そんなことを彼女が承諾するとは思えないし、仮に承諾するとしても私がマリアンヌに頭を下げて何かを頼むというのは屈辱この上ないこと。 「無理よ、面識もないし…」 「違う。君は何もする必要はないよ」 「じゃあ、どうやって、」 「ロカルドとマリアンヌは行為を終えた後に必ず別々にシャワーを浴びるんだ。これはロカルドに聞いたから本当」 「……最悪、最低」  知りたくなかった。そんなこと。  ルシウスには人の心というものがないのか。  私は込み上げる吐き気を紅茶を飲むことで抑えた。 「シャワーに向かったロカルドを僕が気絶させるから、君は地下室まで運ぶのを手伝って、後は好きにしてくれ」 「マリアンヌは?」 「有難いことに彼女はシャワーを浴びたら帰るよ。不貞の相手とわざわざ同じタイミングで帰る間抜けは居ない」 「……ああ、そう」  知りたくもない情報が次々と耳に入って来て、私は頭が痛くなった。  ロカルドはやはりマリアンヌと男女の仲にあったのだ。それは確かに、妙齢の男女が夜中に一緒に時間を過ごして「二人で薔薇の花弁を数えていました」で済まされるわけがない。吐きそう、本当に。 「でも、貴方の植物園で彼を捕まえたら貴方自身も疑われるんじゃないの?」 「そうだね。だから、君に脅されたってことで」 「サラッと私を悪者にするのね」 「俺が罪を被るのはもっと後で良い」 「え?」 「とりあえず、知られたくない女装の趣味を君に見られて脅されたことにしようか?」 「女装の趣味があるの?」  冗談だよ、と可笑しそうに笑い出すルシウス・エバートンという男のことが、私は本当に理解できない。 「とにかく、だ。君はロカルドのプライドと尊厳をぐちゃぐちゃにしたいんだろう?だったら彼を辱めなきゃね」 「辱めるってどうやって…?」 「簡単だよ。男として一番恥ずかしい目に遭わすんだ」 「だから、どうするのよ」  イライラと聞き返すと、ルシウスは手に持ったカップから口を離して机に置いた。そのまま私の後ろに回り込んで耳元に顔を近付ける。  淡い花のような香りに心を乱されながら、私はルシウスの語る計画に耳を傾けた。 ◆育種…品種改良して新しい品種を作ること。
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