06.三姉妹の長い夜

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06.三姉妹の長い夜

「ねえ!聞いたわよ、シーア」  お風呂から上がった私に真っ先に声を掛けてきたのは長女のジルだった。三年前に辺境伯に嫁いだ彼女は、今や男女の双子の母となっている。小さな子供たちを引き連れていないところを見ると、どうやら今日は乳母に預けて来たらしい。  私はタオルで髪を乾かしながら、げんなりした表情を作って姉の方に身体を向けた。 「面白い話じゃないの。どれだけショックだったか」 「でも、相手の女の顔知ってる?」 「知らないわ…見たくもない」 「ガマガエルそっくり!」  きっと口が大きいから男を満足させられるんでしょうね、と下品な話を始めるジルを、次女のローリーが嗜める。三姉妹の真ん中である彼女は、精神的に落ち着いているためか、時折長女よりも長女らしい役割を担っていた。 「容姿について悪く言うのはよくないわ、ジル」 「あらまあ。真実を言ったまでよ」 「そういえば、お父様が言っていたエバートンの息子とはもう面識があるの?」 「……えっと、」  しどろもどろになる私を面白がるようにジルが近寄って来る。 「エバートンって言ったらアレでしょう?皇室の遠縁だかで諸々の優遇を受けてるって噂のエバートン家よね?」 「あそこの息子もロカルドと同じクラスと聞いたわ」 「……ええ、まあ…」 「私知ってる!氷の貴公子って呼ばれてるんでしょう?」 「え…?それは初耳だけど……」  辺境伯に嫁いだ姉がいったい何故こうも王都に居を構える名家の事情に詳しいのか謎だが、きっとゴシップ好きの彼女だから噂の仕入れ先は腐るほどあるのだろう。  それにしても氷の貴公子だなんて。  確かに綺麗な顔をしていると言えなくもないけれど、何を考えているか分からないルシウスの笑顔は恐怖の対象でしかない。なにかと意地の悪いことも言うし。私はルシウスの深い緑色の瞳を消し去るように頭を振った。 「で、いつ、どうやって仕返しするの?」 「………それは…」  興味津々といった顔付きで身を乗り出す姉たちを相手に、私はルシウスと話した計画を話した。聞き終わるやいなや、目を丸くして驚きの悲鳴を上げたのは長女のジルだ。 「なんですって!陵辱する!?」 「ちょっと!声が大きいってば…!」  私は慌てて姉の口を押さえる。 「ごめんなさい…だって、あまりにも、」 「無謀かしら?でも最後に彼を見下したくて」 「他にやり方はないの?」  心配そうに言うローリーに私は首を横に振った。何度も何度も考えた。真っ向勝負でロカルドに浮気のことを問い詰める案についても検討した。だけれど、それではきっと不十分だ。言いくるめられて交わされたら終わりだし、素直に謝られても私の気が済まない。  やるなら、一番彼の記憶に残る方法で。  徹底的に貶めたい。  ロカルドを丸裸にして彼を恥ずかしい目に遭わすという点はルシウスの入れ知恵だったけれど、彼を縛って襲うというのは私の意見だった。というのも、ルシウスが提案して来たのは「ロカルドのイチモツを犬に噛ませる」とか「大男に襲わせる」といった笑えない案ばかりだったので、流石に採用出来なかったのだ。  彼がマリアンヌと逢瀬を重ねていたことは許せないけれど、惚れた三年分の情はまだ僅かに残っていた。人の道を外れるようなことは出来ない。 (こういうところが、ナメられる原因なんだろうけど…)  マリアンヌとロカルドが秘密の花園で落ち合うのを私とルシウスは地下の管理人部屋で待つ。コトを終えた二人が別々に地下のシャワールームに現れるのを見計らって、計画を実行に移す。それがルシウスと私が考えた流れだ。  ロカルドがマリアンヌに会う時はルシウスに植物園の鍵を借りるので、事前に知ることが出来るらしい。婚約者の裏切り行為を盗み見るなんて心臓を引き裂かれるような痛みを伴うだろうけれど、私は心を鬼にしてやり切る必要がある。  三年間の報われない片想いに終止符を打つために。 「あの小さなシーアが男を懲らしめるなんてね。なんだか不安だけれど、姉として出来ることはさせて」 「先ずはお化粧の仕方よね!派手にいきましょう」 「それと男の扱いもよ。貴女、知識はあるの?」 「……ないけど、出来るわよ」  ジルとローリーは顔を見合わせて笑い出した。 「無理よ絶対!本物見たら真っ赤になってお終いね」 「きちんと理解していないとロカルドの前で恥をかくことになるのよ、分かってる?」  諭すようなローリーの口調に私は泣き出したくなった。去年のはじめに年上の伯爵に嫁いだ次女は、彼女自身も苦労したのだろう。 「私たちが居る間に正しい知識を付けてもらうわ」 「自分で調べるから良いわよ!」 「何言ってるの、姉妹でしょう?」  楽しそうに笑う二人を前に私は何も言えない。確かに本を読み込むよりも、この手慣れた姉たちの手解きを受けた方が飲み込みは早いと思える。  私はコクンと頷き、カプレット家の三姉妹はベッドの上に集結した。長い夜になりそうだ。
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