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 オレ様の名はサムヒギン・ア・ドゥール、人間からはウォーター・リーパーとも呼ばれている。  ”水を跳ね渡る者”だとか”水跳ね妖精”という意味らしいが、オレ様たちはそんな所謂(いわゆる)フェアリーなんてガラじゃあない。金切り声をあげて漁師を舟から落としたり、釣り糸を噛み切ったり、川に落ちた羊をすかさず頂戴したり、、、悪質な水精、ウェールズの嫌われ者とはオレ様たちのことだ。  然しながら個体差というものは存在する。肉食には違いないもののそんな乱暴な趣味のないオレ様は同族たちにしばしば間違われた。いつの時代もマイノリティは損をするものさ。凝り固まった先入観から、姿を見とめられるなり魔法やら矢やらを受けて、身も心もボロボロだったオレ様を見つけてくれた星空の身体のドラゴンに誘われるまま、今はある渓谷の河に棲んでいる。妖魔しかいないこの渓谷はのんびりしていて、ボロボロだったオレ様の心をすっかり癒してくれた。  そして現在、オレ様はすっかり渓谷に棲まうモノとして、しかもお役目も担っているのだ!  渓谷を流れる大河、その真横に温泉が湧いている窪みがある。浅み、深みが点在している広い硫黄泉は様々なサイズの妖魔たちを受け入れる、妖魔たちの大浴場だ。その温泉を見つけたのが他でもないこのオレ様だったというわけだ! その縁でこの温泉の管理を任されている。というかオレ様が第一発見者なのだからオレ様に所有権があるというもので、だから所有者であり管理者なのだ。  当時は大騒ぎだった。暇だったので川底を散策していたところ、岩をどけたら熱い湯が吹き出し、水精のオレ様、当然大火傷。異常にいち早く気付いたメローがオレ様を掬い上げ、同じく異常に気付き駆けつけてきた星空のドラゴン(ヒトの姿)が治療を施したという迅速な処置によりオレ様の身体には痕も残っていないし、みんなが発見だと喜んでいたのですっかり気を良くしたオレ様は、この任を現在も続けている。  さて本日は新しい人間が来る日だったはずだ。  何がどう間違ったんだか、星空のドラゴンと喧嘩した人間が昔いて、以来捧げもののつもりなのか毎年少女が来るようになった。この渓谷の妖魔たちは穏やかなものが多いから、好んでヒトは食べないというのにな。  大多数は逃げたり死んでしまったりするけれど(そうした場合は供養も兼ねて食べてしまうのだけれど)、極まれに気丈な娘がいて、そんな子は妖魔だらけのこの温泉にも平気で入浴に来るし、おしゃべりだって楽しめる。そんな年代わりの娘たちと会話をするのがオレ様の密かな楽しみなのだった。  お、来た来た。背丈と雰囲気から図るに、おそらく歴代一番の年長者なのではないか? 鼻まわりに星屑が散らばっている優し気な顔立ちの娘だ。メイがこの時間に連れてきたということはきっと”大丈夫”な子なのだろう。  この大浴場は大抵誰かしらがお湯を楽しんでいるが、やはり一番混みあう(といってもスペースに十分な余裕がある)のは夕刻。深更は誰も来ない。というかオレ様が入れない。深更は、どんな原理かは知らないが、河向こうから大波が来て温泉の表面を掻っ攫っていってしまう。おかげで毛だとか落葉だとかのゴミは洗い流され日々清潔だ。  好きな奴は一日中でも入っているし、深更に近い頃にはダークエルフやドワーフがやってくる。朝湯は年長モノに需要があるな。春は川下のリンゴの花の香を楽しみ花見浴、夏は川遊びで冷えた身体を癒し、秋は言わずもがな、冬は、、、きっとがらんどう。オレ様は川底で寝ているので知らないが。硫黄泉の奴も冬くらい休めばいいのにな。  一番空く時間帯は明朝だ。この時間に星空のドラゴンが羽を伸ばしに来る。 彼に、この時間しか来ないなと問うたことがある。すると、”かさばるから。それに威圧感があるだろう?”と弱く笑っていたが、正直そんなこと気にする奴はいない。美しいのだからもう少し堂々としていてもいいのに、と遂次思う。  さて前置きが長くなった。年代わりの娘たちの世話係のメイは、その観察眼で彼女らの性格を見、妖魔を怖がる子は夕刻前に、平気そうな子は夕刻に連れてくる。彼女が”大丈夫そう”というのはつまりそういうことだ。  一体どんな子だろう? もの珍し気にきょろきょろとしている彼女はまず湯を掬い、足の砂を落とした。  ……ほほう、やりよる。天然の温泉なんて地と湯の境界などないようなものなのに、この娘は至極当然のようにやってのけた。礼儀がしっかりとしている。  身体に湯をかけゆっくりと入湯。近くのキルムーリスに挨拶をしている。髪は結わえているが身布は外さない。……いや別に、人間の娘たちが混浴を恥ずかしがるらしいということは経験上知っているし、深更の波が塵芥を片づけてくれるから今更何も言うつもりはないのだが……細かい繊維が落ちるからできれば入れてほしくないのだよなぁ……これは永遠の課題である。  と、落ち着く頃合いを窺っていると、彼女たちに気付いたニンフの娘たちが瞬く間に囲んでしまった。  この硫黄泉は中心である源泉が当然一番熱く、オレ様は端っこの一番ぬるい場所しか移動できないのだ。  おい娘たちよ、そこはオレ様の場所だ。わざわざ挨拶に出向こうとしているオレ様の通り道を塞ぐとはどういう了見だ。  と、彼女の傍らのメイが娘たちをたしなめ、娘たちは素直に散っていった。遠くのオレ様を見とめ、目が合ったと思った。  メイ、流石だぜ我が友よ。オレ様は意気揚々と彼女たちのもとへ跳ねて行った。 ーー 「初めまして、人間の娘よ! オレ様はこの硫黄泉の管理者のサムヒギン・ア・ドゥールという。ウォーター・リーパーと言った方が通じるかな? 獰猛な肉食水精、ウェールズの嫌われ者とはオレ様たちのことだ。だが別にオレ様はそんな乱暴者の同族たちとは違って温和で紳士的なサムヒギンなのさ。さあ握手をしようじゃあないか」 「初めましてサムヒギン、お邪魔しております。私はリズと申します。随分立派な温泉ですね。その管理者となればあなたも大変素晴らしい方なのでしょう」  娘、リズがそう言って手を伸ばしてくれたのでオレ様は気をよくして彼女の指先を握り、軽く振る。 「そうともさ! 何て言ったってこの硫黄泉を見つけたのがオレ様なのさ! 初めましてのきみはこの温泉のあれそれを知らないだろう、管理者のオレ様が直々に教えてやらんこともないぞ? お、座り直したな、上等だ!」 「出たようサムヒギンの独演会が。毎年新しい女の子が来るたびに話しているのだもの」  正に口を開かんとしたその時、傍らで伸びをしていたエインセルが耳を震わせ息をつく。 「何を言うエインセル、発見者兼管理者のオレ様が直々に当時の様子を面白可笑しく語るのだ。この娘にとってこんなに幸運なことはないんだぞ!」  そう一喝すると彼女は生返事をして泳いでいってしまった。折角の機会に聞いていかないのか、勿体ない奴め。  改めて彼女たちに向き直る。リズはニコニコとオレ様が口を開くのを待っており、メイは黙って付き添っている。 「この硫黄泉はオレ様によって偶然発見されたものだ。ある日ある時この場所、退屈しのぎに川底を散策していた際、岩をどけたら熱い湯が噴き出たではないか! 水精のオレ様は当然大火傷。然しながら異常にいち早く気付いたメローがオレ様を掬い上げ、同じく異常に気付き駆けつけてきた星空のドラゴンが治療を施したという迅速な処置により、オレ様の身体には痕も残っていない。  源泉はぼこぼこと沸騰し噴出口を拡げ、瞬く間にここいら一帯を温泉に仕立て上げた。偶然にも、浅み、深みが点在したこの場所、身体のサイズがバラバラなオレ様たちに都合がよかった。ここは外側だから分かりづらいが、あちらへ向かうほどに深く熱くなっていく。足場が所々に突出しているから、そこを渡って好みの温度の場所を見つけるといい。きみ、泳ぎは得意かい? くれぐれも足を踏み外すんじゃあないぜ。その場合は誰かが助けてくれるだろうがな!」 「ふふ、それは頼もしいですね。ここの皆さんはみんな泳ぎが上手なのですか?」 「ああ、水精は言わずもがな、羽毛を持つ奴、太っている奴、手足の短い奴以外の大体の奴は深くまで潜っていけるぜ。最も、体重の重いダークエルフは沈んでいくばかりだがな!」  この言葉にどっと笑い声と野次が上がる。おれだって泳げるぞ! という反応も聞こえてきて、あっという間ににぎやかな喧騒が充満する。ふとリズを見やると楽し気に笑っていて、ほっとすると同時に、何だかオレ様まで嬉しくなる。成程メイの観察眼は、いつまでも鈍っちゃあいないようだ。  すっかり気を良くしたオレ様のおしゃべりは、折角温泉に入っているというのに彼女が湯冷めしてしまい、くしゃみを一つするまで続いた。
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