名もなきもの

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「……少し我慢しろな」  彼はそう言って子犬を抱えると、首輪に手をかけた。子犬はただただ、恐ろしくなって鳴いた。捨てられる前に受けた暴力の記憶。彼にとって、人間は恐怖の対象でしかなかった。  数分ほどして、子犬の首に食い込み始めていた首輪を取り上げると、男はぼんやりと子犬を見つめて、ため息をついた。 「痛かったな。大丈夫だ、傷にはなってないみたいだ」  彼は首輪をつまんで子犬に見せた。  子犬は、彼が持っているものが自分の首を締め続けていたものだと理解した。同時に、寂しげに自分を見る彼が、助けてくれたのだということも。  男は壁にもたれかかると、大きく息を吐いた。子犬はその側に歩み寄り、彼の匂いを嗅いだ。 「悪いな。俺にはお前の世話も、貰い手探しも出来んぞ。俺はいわゆるはみ出し者だからな」  彼が差し出した手を、子犬はぺろりと舐めた。 「お前も運が悪かったんだろうな。ちゃんとしたところに貰われてりゃ、こんな寒い思いもしなくて済んだろうに」  その日から、夜遅くになると男が食べ物を持ってやってくるようになった。
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