名もなきもの

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 ある日、男はダンボールの箱を持ってきて、倉庫の隅に置いた。  ハムが興味津々で箱の匂いを嗅ぐのを見て、彼はその体を抱えて中に入れた。 「すっかり寒くなったしな。それなら少しはマシだろう」  ダンボールには古びた毛布が入っていた。心地よい温もりと、彼の匂いがするその場所は、ハムのお気に入りの寝床になった。  季節は本格的に冬になり、その日は朝から大雪が降っていた。薄毛の犬種のハムは、毛布がなければ凌ぎ切れなかったかも知れない。  そのまま彼がやってくるのを箱の中で待っていると、倉庫に複数の足音がするのを聞いた。 「あれじゃないですか」  聞き慣れない高い声に、ハムは警戒心を抱いた。毛布の中に隠れて震えていると、声は箱の前に近づいてくる。毛布をめくられ、怯えきったハムが見たのは、二人の見知らぬ女だった。 「ヨークシャーテリアですね。こんなところに捨てるなんてかわいそうなことを。どうします?」 「ウチで預かりましょう。この子なら貰い手が付くかも知れないし」  彼女たちが何を話しているかはハムにはわからない。どこかに連れて行かれると警戒して、毛布の中に潜り込む。 「怖がらなくて大丈夫よ。もっと暖かいところに連れて行ってあげるから」  何度も毛布をめくられては、ハムはその中に逃げ込んだ。彼が助けに来てくれるのを待つかのように。 「よっぽどこの毛布が好きなんですかね」 「仕方ない、箱ごと連れていきましょう」  こうして、ダンボールの蓋を閉められ、ハムは倉庫から連れ出された。
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