名もなきもの

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 夜になると雪は更に強くなり、この地方では珍しく十センチ以上も積もった。  深々と積もる雪の音が聞こえるような、静寂が支配する深夜。息も絶え絶えになった男が、倉庫の中に入っていった。 「……ハム。いないか」  彼は一度だけその名前を呼ぶと、壁に寄りかかって倉庫の中を見渡した。そのうち、手に持ったコンビニの袋を握る力も無くなり、背中を付けたまま座り込んだ。 「いいところに貰われるといいな」  そうつぶやいたきり、彼は動かなくなった。彼の体から、赤い命が流れ出ていく。薄れていく意識の中で、彼は犬の声を聞いたような気がしていた。
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