名もなきもの

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 子犬が倉庫にいると書いた手紙をポストに入れた人物がいた。それが彼だとわかったのは、店に連れて行った最初の日のこと。  ハムは店員が戸締まりをしようとしたほんの一瞬の隙をついて、店から逃げ出した。  店員がハムを探して倉庫まで戻ると、そこには倒れた男の側に寄り添うハムの姿があったのだ。 「例えどういう過去があっても、あの人が子犬を救おうとしたことは間違いないんです。命の重さは平等なんです」  彼女は強い口調で言い切った。仕事柄、心無い人間の話が耳に入ることもある。そして犬たちの命を預かる身として、託す相手を見極める必要もある。  少なくとも、彼は命の重さを知っている。どうかもう一度目を覚まして、あの子犬と会わせてあげたい。彼女は祈りを込めるように、ベッドの上の彼を見つめた。
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