<5・救世。>

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<5・救世。>

 この装置は、世界を水不足から救う救世主になりうる。  よって我々は装置に“メシア”と名付けた。この装置を量産し、世界中に配ることができれば、一体どれほどの貧しい人々が救われることか。  毎日五時間かけて濁った川の水をくみにいっていた少年が、その時間を勉強や遊びに使うことができるようになるだろう。  その濁った水のせいでお腹を壊していた少女が、綺麗な水を飲むことによって健康を取り戻すこともできるようになるだろう。  そして、炎天下の中砂漠を移動しなければいけない商人も兵士も、この装置一つ持っていけば綺麗な水がいつでも飲める。なんなら、シャワーのように水浴びをすることも可能になる。一体どれほどの命が、この水によって失われずに済むかしれない。 「調査結果が来ましたよ、博士!」  パソコンとにらめっこしていたジェームズが、驚いたように声を上げた。タト共和国周辺の調査は続いている。遺体の収容や水没の原因究明はもちろん、今はメシアが他にも見つからないかどうかを確認する意味もある。 「やっぱり、メシアは一個だけじゃなかったみたいです!水没した民家や近隣の海から、合計十二個発見されたって」 「十二個か。思ったほどの数じゃないな」 「多分、洪水で流れてっちゃったんじゃないでしょうか。正直、海の底にたくさん沈んでる気がしますね。そういうのまで全部救出するのは骨が折れますよ」  それから、とジェームズは私を振り返った。 「フラムボワズ教の……例の教会からパソコンが見つかりまして。水没してすっかり故障しちゃっていたみたいですが、なんとかデータを救出できないかと悪戦苦闘中だそうです。内部まで泥と潮が入り込んでいて、復旧できるかどうかは相当厳しいみたいですが」 「なんとか頑張ってくれ、と返しておいてくれ。あの装置を誰がどうやって作り、見つけたのかはやはり気になるからな」 「合点承知です」  とりあえず、装置の発見については大々的な発表会の準備を進めている。目立つことはあまり好きではないが、注目されればされるほど支援金は集まるし、研究を援助してくれる企業や組織も名乗りを上げてくれるはずだ。  勿論自分達は世界連合の研究機関なので国から援助されてはいるが、それでも研究費用にはいくらあっても足りるということはないのである。  世界の人々を水不足から救うことができる装置。現在、デメリットとなることはほとんど何も見つかっていない(強いていうならうっかりボタンを押してしまった時にずぶ濡れになることと、うっかり落として装置を増やしてしまうことがあるくらいだ)。どこか別の国の湖やダムから水を奪ってくることもなければ、大気中の湿度が下がることさえないのだ。  これが世界的に流通すれば多くの命が救われる上、とてつもない金を産むビジネスになるのは間違いない。食いついてくる者は少なくないはずである。 ――ただ、装置の仕組みが結局わかっていない……ということだけが不安要素なんがな。  私は手の中で装置を転がしながら思った。 ――それと、結局黄色と赤のボタンは押していないんだが……これは、押しても大丈夫なやつ、なんだろうか。  加えて、タト共和国の大雨の原因もわかっていない。  ジェームズに言った通り、こんなちょろちょろ水を出すだけの装置が関係しているとは思っていないが。
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