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第一話 散らないソメイヨシノ
千春が死んでから一年が経ち、再び九月がやってきた。
高校三年生に進級したけれど何の感慨もなく、進学するのか就職するのか決めろとせっついてくる教師が鬱陶しかった。
今日の午後もまた面談があるのだが、私はセーラー服のまま学校を飛び出し全く別の場所にいた。
ここは都心のビル群にひっそりと紛れて佇むカフェだ。
外観は四角い箱のようで、今時のお洒落なカフェに比べると地味に感じる。どちらかというとオフィスや研究所のような印象だ。
だが、それでもここは美しかった。
何しろ今時期咲くはずの無いソメイヨシノが咲き誇っているのだ。桜なんて今はもう散ってしまっているというのに。
さらに不思議な事に、ビル風の吹き下ろしが激しい逆流を起こしても花弁の一片も散っていない。黄色になり始めた銀杏の葉は地に落ちているというのにおかしなことだ。
生きてるんだろうか。それとも死んだのに生きることを強いられてるんだろうか。
ソメイヨシノは美しかった。その答えがこの店にあることを私は知っていた。
私がここに来たのはある情報を手に入れたからだ。
それはほんの一時間前、休み時間のことだった。
「ほらこれ! すんごいイケメンじゃない!?」
「やっばい。顔が天才。しかも双子って」
クラスメイトの女子が数人で机に集まっていた。アンドロイドだろうが生身だろうが、話題になるのはいつだって顔の良い男だ。
……千春の彼氏はあんまイケメンじゃなかったけど。
自他ともに認めるイケメン好きだった千春の彼氏は驚くほど平凡だった。
別に悪いわけではない。ただ意外だった。それも鬱陶しいくらいに仲が良くて、千春を取られて悔しい気持ちなど忘れるくらいだった。
千春のお葬式以来一度も会ってないな。学校違うからそりゃそうだけど。
まだ落ち込んでいるだろうか。それともすっかり忘れて新しい彼女ができただろうか。でもそれは知りたくない。
紙面のイケメンに長々と騒げるクラスメイトがいっそ羨ましい。
私は耳障りな声から逃げようと立ち上がったけれど、聞こえてきた声に身体が固まった。
「あ、このカフェ知ってる。『死者が生き返る店』ってやつでしょ」
――生き返る?
私はぐるんとクラスメイト達を振り返ると、彼女たちは雑誌を食い入るように見ていた。
聞こえるのはイケメンがどうこうという言葉ばかりだったけど、そのイケメンのキャッチコピーに私は目を奪われた。
「それ見せて!」
「うわっ!」
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