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柔らかな陽光を浴びながら、僕が踏んだりなぎいた草たちが緑の香りをあたりに満ちさせる。
「檀ちゃん、おっそーい」
「なにを〜。絶対に捕まえてやるからなぁ〜」
「あはははは、無理無理。だって、あたしは檀ちゃんよりもずっと足が速いんだもん」
「僕だって負けないぞ、……」
あれは、僕だ。幼稚園の服を着ている。なにか、懐かしいな。こうやって草っ原でいつも誰かと遊んでいたっけ。でも誰と遊んでいたのか、顔が思い出せない。あんなに毎日遊んで、いっぱい話もしたのに。なんでだろう、あの子の名前も思い出せないや。
「檀、よく聞いてね。香ひいばあが亡くなったのはわかるな?」
「そりゃあ、お葬式までしたんだからわかっているよ」
「で、だな。香ひいばあの遺言が残されていたんだよ」
「遺言?」
さすがに小学五年生ともなれば、家族の死も理解できるようになってはいる。住んでいるところは別でも電車で二駅しか離れていないし、何よりつい先日お葬式も行われた。それでも、遺言という響きはまた別の重さを心にのしかけてきた。
「ああ、家族のみんなに何らかの形見分けが説明されていたんだよ」
「形見分け?」
「香ひいばあの持ち物を、親しい人が形見としていただくんだよ。でな、香ひいばあは、一人ずつにあんたはこれ、あんたはこれってまあ几帳面に遺言に書いてあってさ」
そう言ってお父さんは、胸ポケットからなにか金属製のものを取り出した。
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