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彷徨
宇宙犬による被害はユーラシア大陸西部からアジアの西側へと拡大していった。彼が姿を見せるところ、軍事基地は壊滅的打撃を受け、テロリストのアジトは潰された。
各国の諜報機関や軍隊は懸命に宇宙犬の正体とその目的を探った。だが二日、三日と時が過ぎても、「正体不明」であること、あらゆる波長の波を通さない身体の骨格や筋肉は地球の犬と同じであると推察されること以外、何も分からない。動物学者や物理学者は口を揃えて、「平方と立方の法則から、それはあり得ない」と主張したが、見た目の動きも習性もそのままで巨大な犬が現出しているのだから、説得力はなかった。
宇宙犬は気ままに行先を変えた。アジアから中東諸国、続けて紅海や地中海を犬かきで渡った。途中、軍艦を漁っては干し魚を作るかのように並べたり、地下に軍事施設がある場所を掘っては隣国に小高い丘を作ったりと、好き放題だった。
夜になれば世界中どこにいても、宇宙犬は地に伏せて眠った。だが敵に襲われることはなかった。成功する見込みのない作戦を敢行して、怪物をわざわざ叩き起こす軍隊は存在しないからだ。
四日目にはアフリカ大陸の南端から大西洋を渡り、そのころには宇宙犬の犬種が特定されていた。日本犬の愛好家なら映像を見ただけで、簡単に言い当てることが出来た。
「柴犬だ」
英人はスマートフォンの画像を拡大して呟いた。
「ハッチに、そっくりだ」
どれほど顔立ちや毛皮の柄が似ていても、それはあり得ないことだ。柴犬の寿命はどれほど長くても二十年と言われていた。もし生きていたとしても、若いころの姿でいるはずはないし、巨大化して宇宙から降ってくるはずがない。
「絶対に違う」
ハッチは動物病院で処置を受け、前足の骨折は無事に回復した。だが英人の両親は彼に相談もせず、ほかのきょうだい犬と同じく誰かに譲り渡してしまった。今のようにつらい時には思い出したくない、かなしい過去の出来事だ。
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