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提案
ハッチを貰い受けたのは、地球人に擬態した異星人だ。それから二十年、柴犬はすっかり年老いてしまった。
「最近になって、ハッチが鳴いたのです。『ご主人が、かなしんでいる』と。なぜかは友人たちにも分からないそうですが、銀河の隔たりを越えて、あなたの心情を彼が感じ取っていることは確実でした」
異星人は彼の求めに応じて、調査隊を派遣した。
「友人たちは地球上で活動するのに準備が大変ですし、あなたの居場所も分からない。そこでハッチの息子である私が、『ご主人』を探し出す役目を担うことになりました。私も鼻が効きますから、『かなしみ』を嗅ぎ分けられるのです」
予想外だったのは、地球上に負の感情が蔓延していたことだった。
「紛争地帯や情勢不安定なところを駆け回ったのは、そのせいか」
「エイトさんの匂いサンプルがあれば、まっすぐここへ来たのですが」
ジュニアは足で体をかいた。
「でも会ってすぐ分かりました。ハッチの『ご主人』は、この人だって。ほかのヒトとは違う何かが感じられます」
「ヒトと犬の絆は深いと聞いたけど、本当なんだな」
英人はなんだか面映ゆい気持ちになった。
「なのでエイトさん、私と来てくれませんか」
問い返す間もなく、ジュニアは続けた。
「まだ間に合います。ハッチに会ってやってください」
「待ってくれ。ハッチのいる星に行くって?」
「いい波が来れば、三日で到着です」
「申し訳ないけれど、日数の問題じゃないんだ」
英人はあわてて家族のこと、彼の抱える問題について簡潔に説明した。
「だから悪いけれど、行けない」
「ハッチはあなたのかなしみを感じ取って、勝手に心配しただけです。来てほしいなんて言っていません。ただ」
柴犬はあくびをした。彼ら独特の、心を落ち着かせる動作(カーミング・シグナル)だ。
「あなたに会って思ったのです。ハッチの本心は、来てほしいのではないかと」
英人は、はっと胸をつかれた。このところ二十年前の夢をよく見るのは、彼もまた、ハッチのかなしみを感じ取っていたからではないか。
「もし来てくれるなら、私の友人から、複製技術の提供を受けられるでしょう」
「それは……つまり、ハルの身代わりを作れる、ということ?」
ジュニアは鼻を天に上げ胸を反らした。自分はハッチのクローンであることを誇りと思っている、と言いたいのだろう。
「わるい話ではないと思いますよ」
長女のハルはNICUに入ったきりだ。退院まで漕ぎ着けることさえ難しいだろう。たとえ移植などをしても、脳やほかの部位に後遺症が残るおそれがある。
ジュニアの提案は、最善の選択かも知れなかった。
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