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僕はご主人と散歩をしている。歩きながらご主人の顔を見上げた。前は僕と目が合うと笑ってくれたのに、今は目を合わせてくれない。ご主人はずっと前を向いて歩くだけだ。
僕はフンをするために立ち止まった。ご主人も立ち止まる。フンを出すと、ご主人はしゃがんでそれを透明な袋に入れた。ご主人の顔を舐めてみる。でも、ご主人は何もしてくれない。前は顔を舐めると、笑って僕をなでてくれたのに。ご主人が立ち上がったので、僕はまた歩く。
散歩が終わって家に帰ってきた。ご主人はフンをトイレに流した後、ソファに座って動かなくなった。ご主人には黒くて細長いしっぽが生えている。前はなかったのに。そのしっぽの先を壁の穴に差し込んで、ソファに座ったままいつも動かなくなる。
僕はソファにのぼってご主人の隣に寝転んだ。あごをご主人の膝に乗せる。前は温かくて柔らかかったのに、今は硬くて冷たい。なんでだろう?
ご主人はずっと動かない。だからおもちゃを咥えてひとりで遊ぶ。前はご主人がおもちゃを投げたり、引っ張ったりしてくれたけど、今ではどれだけねだっても、ご主人は相手をしてくれない。でも、今はずっと家にいてくれるからいい。前はよく外に出かけて、僕はひとりぼっちになっていたから。
しばらく遊んでいると、ご主人が立ち上がった。棚から袋を取りだし、僕の皿にエサを入れてくれる。ご主人は散歩のときと、エサをくれるとき、それから僕の皿やトイレをキレイにするときにしか動かない。あとは何日かに一回、一日中動いて家の中全部をキレイにする。でも、次の日からまたほとんど動かなくなる。前は寝ているとき以外はずっと動いていたのに。
エサを食べると眠くなってきて、僕はベッドで寝ることにした。ベッドはご主人が座っているソファの前にある。前は違う所にあったけど、僕がここに動かした。前は勝手に物を動かすとご主人が元に戻してしまったけど、今はそうじゃない。そのおかげで、ご主人のすぐ側で眠ることができる。そういえばご主人も前は眠っていたはずだけど、今はずっと起きている。なんでだろう?
考えていても分からないので、僕は目をつむって眠ることにした。
ご主人がフリスビーを投げた。僕の名前を呼んでくれる。前のご主人に戻ったんだ。フリスビーを渡せば、ご主人はたくさんなでてくれるはずだ。僕はフリスビーを咥えて、ご主人に向かって力一杯走った。そのとき、急に体の中が痛くなった。
目が覚める。咳がたくさん出た。体の痛みは夢じゃなかったみたいだ。ゴフン、ゴフンと咳き込むと、口から赤い水が出た。最近よく赤い水が出る。
ご主人の顔を見る。ご主人はこっちを見ないし、動きもしない。僕のお腹が痛くなって、食べたエサを吐き出したとき、ご主人は僕にたくさん声をかけた後、病院という所に連れて行ってくれた。机の上から飛び降りて、足が痛くなったときもそうだった。ご主人は僕の体が痛くなると、必ず気づいて病院に連れて行ってくれる。そこに行くと、なぜか痛みが消えるんだ。でも、今のご主人は声もかけてくれないし、病院に連れて行ってもくれない。たぶん、行かなくても大丈夫だからだろうけど。
前だったら、床にエサを吐き出したり、ちっちをしたりすると、ご主人はそれを布で拭き取ってキレイにしてくれた。でも、今のご主人はそれもしてくれない。仕方がないから、僕が赤い水を舐めとってキレイにする。
ご主人も、前は赤い水をたくさん吐いていた。苦しそうだった。赤い水を吐いたときから、ご主人はあまり外に出なくなって、ご主人の大きなベッドで一日中寝るようになった。僕はご主人の側にずっといた。ご主人はエサはくれたけど、散歩には連れて行ってくれなくなった。その代わり、知らない人間が家に入ってきて、僕を散歩に連れて行こうとした。でも、僕はご主人以外と散歩に行きたくなかったから、たくさん吠えて人間を追い出していた。
ご主人と散歩に行けなくなってから何日かした後、ご主人が朝になっても動かなくなった。いつもなら、僕の頭をなでてくれるのに、その日は全然なでてくれなかった。そしたらあの人間がやってきて、ご主人に向かってたくさん吠えた。そして、ご主人をどこかへ連れて行ったんだ。何日経ってもご主人は帰ってこなかった。その代わりにあの人間がやって来て、僕にエサをくれた。僕はご主人を返せって何度も吠えたけど、人間はすぐに家から出ていくだけだった。
それから何日も何日も何日も何日も経った頃に、あの人間に連れられて、ご主人がようやく帰ってきた。僕は嬉しくてたまらなかったから、ご主人に抱きついた。でも、前のご主人とは違って、硬くて冷たくなっていて、僕を抱きしめてくれなかった。なんでだろう? 僕は悲しかったけど、ご主人は赤い水を吐いて苦しまないようになったし、散歩にも連れて行ってくれるようになったから、やっぱり嬉しかった。
体の中が痛い。また咳が出て、赤い水が出てきた。さっき舐めたばっかりなのに。赤い水を舐めとっていると、口からまた赤い水が出てきた。舐めても舐めても出てくる。さっきよりも体が痛い。どんどん痛みが大きくなってる。苦しい、助けて、ご主人。どうして助けてくれないの?
そっか、助けなくてもいいからだよね。僕もご主人と同じように、あの人間に連れて行かれて、赤い水が出ない体になるんだ。そしたら僕の体も硬く冷たくなって、黒くて細長いしっぽが生えてくる。そしてまた、ここに帰ってくるんだ。
僕はご主人に近づいた。ソファにのぼりたかったけど、力が出なくてできなかった。なんだかすごく眠たい。ご主人の足にあごを乗せて寝ることにしよう。ご主人の足はやっぱり冷たい。僕も早くこうなればいいのに。そしたら苦しくなくなるんだ。もしそうなったら、毎日がもっと楽しくなるだろうな。あの人間に連れて行かれたら、しばらくはご主人とお別れしないといけないけど、帰ってきたらずっと一緒にいられるんだ。ずっとずっと一緒にいられる。そうだよね、ご主人・・・・・・。
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