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赤色恐怖症候群【暗/人怖】※
君が飛び降りた日。
その日は雲一つない快晴だった。
夏の日差しが傾き始めた夕方、赤い雨が降った。
――ぽたり。ぽたり。
落ちてきた赤い雫。
鉄錆に似た、鼻につくにおい。
見上げれば、親友の姿があった。
彼女はベランダの柵から身を乗り出し――飛んだ。
「きゃーっ!」
それは私の悲鳴なのか、他の人があげた悲鳴なのか。
耳につく高音と、怒声のような叫び。
ドスンという、落下音。
ごぽりと口からこぼれた赤。
また鉄錆のにおい。
遠くに聞こえるサイレンの音。
すべての音が、画面の向こう側のように遠く聞こえる。
『許さない』
見開かれたままの目が、そう呟く。
私に向けたメッセージだ。
――許されないのなら、私はどうすればいい?
自問自答していると救急車が到着した。
人混みをかき分けて、彼女のもとに担架を持った救急隊員が近付く。
まるで、テレビでも見ているような気分だった。
現実味のない光景。
だから、私は正気でいられた――その時は。
夕焼けの赤が、彼女の流した赤が、救急車の赤色灯が、目蓋に焼き付いている。
赤を見ると思い出す。あの日のことを。
私の記憶が、赤を鉄錆のにおいと結びつけてしまう。
彼女が飛び降りた日、赤色が心的外傷になった。
以来、私は赤を見るたび、鉄錆のにおいと吐き気がやってくる。
だいぶ克服できたものの、不意に目に入ってくる赤色は心臓に悪い。
急に胃がひっくり返るように吐き気が襲ってくるのだ。
脳が、記憶が赤を拒否しているから。
飛び降りた彼女のその後はわからない。
助かったということだけ、人づてに耳にした。
許さないと言われた理由もわからないまま、私は今日も生きている。
了
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