厄災の神とふたりの天使【幻想/天使/創作】

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厄災の神とふたりの天使【幻想/天使/創作】

 神々から寵愛される熾天使、ミカエルは女神のひとりと対峙していた。  その手には、光の剣が握られている。 「ミカエル、これは明らかな叛逆よ!」 「あなたは僕のエルに悪意を向けた――敵対するには十分な理由だ」  女神は彼の妹、ルシフェルの心臓に【悪意の種】を植え付けた。  発芽すれば、周りの悪意を全て向けられてしまう、禁忌の種。 「禁断に手を伸ばしたものの末路を僕が教えてやろう」   光の剣が女神の胸を貫く。  途端に黒い粒子がぶわっと吹き出した。 「この程度で!」  女神の髪がうねり、光の剣を砕く。  ミカエルは後ろに跳び、彼女と距離を取った。 「女神エリスの名にかけて、お前を葬るわ!」  髪の一房が蛇となり、ミカエルに襲いかかる。  その姿は女神というより、邪神そのもだ。  エリスは争いと不和の女神。  夜の女神ニュクスの娘にして、死を司るタナトスや眠りを司るヒュプノスの姉だ。  そして、彼女のこどもたちは様々な厄災の神――すなわち、(わざわい)の母と言える。  エリス自身も、争いの女神として戦闘力が高い。  戦いになってしまえば、不利なのはミカエルだ。  故に彼は事前に備えていた。 「手に負えない禍なら、閉じ込めてしまえばいい」  ミカエルの言葉に答えるように、白い霧が立ち籠める。 「おのれ、ヒュプノス!」  弟である眠りを司る神の名を叫ぶエリス。  霧はヒュプノスが眠りを誘うために出したものだ。  がくりとエリスの体が崩れ落ちる。  そのタイミングで、ミカエルが小瓶を取り出した。  小瓶の蓋を開け、エリスに向けると小さく呟くように唱える。 『αιρειν(ハイレイン)』  黄金の鎖がエリスを捕らえ、吸い込むように小瓶の中に引きずり込んだ。  出られないよう、厳重に封をする。 「ヒュプノス様、これはあなたに預けます」  ミカエルがエリスを閉じ込めた小瓶をヒュプノスに渡した。  更に同じような小瓶をいくつか更に手渡す。  エリスの子どもたち――労苦、忘却、飢餓、悲歎、戦争、殺人、紛争、虚言、破滅を司る神々を封じたものだ。 「そして、エル――ルシフェルを頼みます」 「ああ」  遺言のようなミカエルの言葉。  ヒュプノスはエリスとその子どもたちを眠りにつかせるため、ミカエルに協力を仰いだ。  ルシフェルに植え付けられた悪意の種を発芽させないよう、彼女らを眠りにつかせることを条件に、彼はエリスをはじめとした神々と対峙したのだ。  その代償を払わなければならない。 「ディー!」  ふたりの前にルシフェルが現れた。  その瞳には驚きと困惑が浮かんでいる。 「神々があなたを追放するって……何をやらかしたのよ!」  掴みかかりそうな勢いで、ミカエルに詰め寄るルシフェル。 「エルにミカエルの名を譲り、僕はルシフェルとして追放を受け入れる」 「何を勝手に!」  ミカエルの言うことが理解できないルシフェル。  神による追放に逆らうことは出来ないとわかりつつも、彼女は兄を引き留めようとする。 「エル、今この瞬間から、君がミカエルだ」  ミカエルは妹にそう告げた。 「ふざけないで!」 「うん、ごめん。でももう、お別れの時間だ」 「ディー!」  ミカエルだった彼の足元から白い霧が立ち込め、体を包み込む。  手を伸ばした妹が触れる前に、霧ごと兄は消えていた。 「ディー……あなたが戻ってくるまで、私がミカエルの名前を預かるわ」  ルシフェル――改め、ミカエルとなった彼女は、ひとりごちるように誓う。  そして、兄が戻ったときに名前を返せるよう、自分の名も残すことにした。  天使の力の半分ほどを注ぎ、新たな天使を生み出す。  銀色の髪に紫水晶の瞳――黒い翼の天使。 「ルシフェル――あなたは私の弟、ルシフェルよ」  自分の対となるように形作った弟に、ミカエルは自らの名前を与える。  兄と同じだった翡翠の瞳も、弟と同じ紫水晶の色に揃えた。姉弟に見えるように。  その様子をヒュプノスは少し離れたところから見守っていた。  手にはエリスたちを封じた小瓶を詰めた箱がある。  天界の厄災を封じた一方で、追放になった天使がいたことはほとんど知られていない。  彼らが再び出会うのはまだ先のこと。 To be Continued? ★補足的なアトガキ★ ルシフェル→ミカエル(エル) ミカエル(ディー)→追放 ルシフェル(ルシ)誕生 ……となっています。 最後、ヒュプノスが持っていた箱がパンドラの箱です。 実際にパンドラの箱ができた経緯は調べてもよくわからなかったので、完全な創作です。
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