赤い糸

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赤い糸

 ブルギィは、目の前のガラスの壁の向こうでうずくまる男を見ながら恍惚感に浸っていた。今、手元の機器には次々と文が表示されていき、瞬く間に画面を埋める。  実験体と話が通じなければほとんどの実験は意味を成さないため、彼を囲むガラスのケージは防音でもなんでもない。ゆえに、記憶を引き抜かれる感覚にわめく青年の絶叫が狭い実験室内にこだましていた。  求めていたものが手に入ったときの喜びは、やはり何にも変えがたい。ずっと欲しかった実験体が、この世にあればいいのにと思っていたモルモットが実在し、しかも今自分の研究対象としてケージの中にいる。浮き上がるほどの興奮に、ブルギィは包まれていた。 「前世の自分という、存在しない人間の記憶に支配されたお前はどうだ。この世ではありえない考え方をし、思考をもち、生き方をしている。はたから見れば気づかないが、私の部下はよく気づいたんだよ。そして逐一私に報告してくれた。おかげでお前が完璧な実験体であることがより確実になった」    先ほど、このモルモットが吐いた言葉。レチッタとかいう名前をもつ小僧を、本当に自分で捕まえることができればどれほど良かったか。  道に迷った彼がやってきたのは偶然だ。実験体を簡単に手に入れることがそんなに簡単ならば、私の研究はあと10年早く完成していた。  あの餓鬼は野宿の心得もない甘ったれだ。屋根を求めてうちの研究施設に入りこんでいたのを見つけたときは、思わず舌打ちをした。勝手に人の領域に踏み込んでくるとは何事か。  しかしその罪悪感は向こうにもきっちりあったようで、必死に謝ってきた挙げ句家事の手伝いでもなんでもするとまで言ってきた。つけこむのは簡単だった。
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