夜の帰り道

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 ガジュは、俗に言う異世界転生者であった。今は、スマホもネットもない文明開化以前の小さな村の少年だ。しかし前世では、日本に生まれ育ったごく平凡な男子高校生だった。  家族がいた。友人がいた。幼馴染はいなかったが、少しだけ淡い思いを抱く女の子もいた。高校2年までの17年間、生きてきた証と積み上げてきた歴史。鈴木大翔(すずきひろと)という名前の人生史はしかし、たったの一瞬で無に帰した。  交通事故での即死。そして、気がついたときには第二の生を受け、しかも前世のことを完全に記憶していた。  まるで、よくあるラノベの始まりみたいな展開だったからこそ、ここから何か始まるんじゃないかとわくわくしていたのだ。最強の冒険者となって魔王を倒しに行くのかもしれない。もしくは大好きだったギャルゲの世界にいて、そこでヒロインを攻略できるとか?はたまた、国王の息子として生まれてその後のし上がり、国の頂点として君臨するのかも。  さまざまなことを想像して期待に胸を躍らせていたが、その希望も生後数日にして消え去った。  無垢で無知な赤ん坊に転生した大翔をガジュと名付け、成人を迎えるまで立派に育ててくれた両親は、なんの地位も持たない平凡な村の人間だった。  裕福なわけでも取り立て武芸や学問に秀でているわけでもない。だが、少なくともガジュをここまで大きくしてくれた恩はある。  それでも、抱えた17年分のことをひとりで消化するのは難しく、記憶のはけ口を探していた。それがレチッタだ。  自分が前世の記憶を持っていることは、レチッタだけには話してあった。変な心配をさせるだろうから、両親には言っていない。  幼馴染みに背負われて歩きながら、ガジュはうつらうつらとこれまでのことを思い出していた。  恋を成就させるよりも満足な人生を謳歌するよりも先に、終わってしまった前世での生涯。色褪せることのない、鈴木大翔としての過去。そして新たに転生したこの世で築いてきた、十数年分の時間と経験。  年よりじみた懐古の気分に浸りたがったのは、酒のせいかもしれない。そんなことを思いながら目を閉じ、レチッタの手に引かれて歩く。いきなり飲みすぎたせいでずっと頭痛がしていた。  竜祝酒の前に、夢幻水も一瓶空けていたかもしれない。あれもなかなかに強い酒だった気がする。
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