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4、夜明け
「……あ、かなちゃん起きた?大丈夫??気分悪くない?」
薄目を開けた瞬間、ミナミの矢継ぎ早な質問が降ってきた。床に座って朝食を食べていたはずの俺は、ベッドの上に丁寧に寝かされていた。
「なんで、まだいるの……?」
いつもなら俺が意識を飛ばした瞬間消えるのに。なんで陽が高くなってもまだ、ミナミはここに居るんだろう?
ボーッとしたままの頭で、独り言のように俺は訊ねた。
俺の質問に、ミナミはちょっと困ったように笑ってゴメンねと言った。
「さっきの返事を聞いたら帰るよ」
「返事……?」
「かなちゃんの彼氏にして、ってやつ」
「…………ウソだ」
こんなの嘘だ。現実なワケがない。
きっと俺が生み出した幻なんだろう?ねぇ、そうでしょう?
「嘘じゃない。本気だよ」
滲んだ視界の向こうで、ミナミが答えた。
「……んで」
「え……?」
「なんで、今更……」
やっと諦める決心をしたのに、なんで今になってそんな事を言い出したのか、俺には理解が出来なかった。
「ずっと言いたかったんだけど、その前に俺がちゃんとしなくちゃと思って……」
「ちゃんと、って何?」
訊ねる声に怒りが滲んだ。
“ちゃんと”とか、“普通”とか、そんなものは俺達の間に一度だってあったことはない。期待したこともない。
俺が欲しいのはそんなものじゃないのに。
憮然とした表情の俺に、ミナミは困ったように笑った。
「かなちゃんに信用してもらえるように。……それから、かなちゃんと一緒に生きていけるように、まずは定職につかなくちゃと思って」
「……は?」
あまりにも予想外の答えに、俺はガバッと体を起こした。先ほどまでの涙も一瞬で引っ込んだ。
「初めてかなちゃんに会った時……かなちゃん、俺にしがみついて『ただ側にいて欲しい』って泣きながら、エッチもせずに寝ちゃったでしょ?それ見て、なんかすごいキュンときちゃって……」
「???」
混乱しきって呆然とする俺に、ミナミはふわりと笑いかけた。
「あの時、帰る前に一応声掛けたんだけど全然起きないし、でも規定で時間通り帰るしかないし、寝顔良く見たら目の下クマすごいし、なんか細いしで心配でたまらなくなって……。あぁ、この子俺なんかと真逆で、頑張って生きてきたんだなぁってさ」
「ちょ、ちょっと待って……?」
頭がグルグルする。やっぱりコレは俺が作り出した幻なんじゃないのか?
そんな心配をする俺をよそに、ミナミはそのまま喋り続けた。
「で、その後また指名してくれるかな~って待ってたのに全然予約してくれないまま一年過ぎるし、レンタルで誰とデートしててもかなちゃんのこと考えちゃうしで、指名率も落ちてレンタル彼氏も続けられなくなって……」
「……え?」
それはいつ頃の事だろう?全然知らなかった。
「それで、完全に違反なんだけど……我慢出来なくなって、かなちゃんち来ちゃったんだよね」
「……」
「サンタのコスしたのもさ、もし行って、違う人が住んでたり、かなちゃんに誰かいい人が居たら『冗談です』とか『間違えました』とか言い訳出来るかな~って」
「……バカなの?」
俺は怒りに眉を寄せた。なんて酷い理由だ。
俺はクリスマスなんか、ましてサンタなんか嫌いだと、初めて会ったあの日に散々ミナミに言ったはずだ。
「うん。バカなんだよ、俺」
他にどうしても思い付かなかった、とミナミは涙声でヘヘヘと笑った。
「もしかなちゃんにクリスマスを一緒に過ごす誰かが出来てたら、諦めようって思ってたんだよ?なのにドアを開けたかなちゃんが、本当に……あんまりにも嬉しそうな……切ない表情するから、あの日我慢出来ずにえっちしちゃった」
しちゃった、ってなんだよ?!俺は男とするのは初めてだったんだぞ?!と怒りたい気持ちを一旦抑えて、俺は長年の疑問を口にした。
「……じゃあ、なんで朝になったら消えた?」
「言ったでしょう?本気で好きになっちゃったから、だよ。かなちゃんの口では突っぱねるクセにグズグズになると本音が出ちゃうとこ、本気でたまらなく、好き」
そう言って穏やかに笑うミナミの肩を、俺は思わず殴った。
「痛てっ」
「だったら……!!」
だったら、ただ側に居て欲しかった。
他に何も望まないから、朝ミナミの隣で目覚めたかった。
ただそれだけで良かったのに。
言葉にならない俺の感情が涙になって零れ落ちた。ミナミは指でそっとその涙を掬った。
「ごめんね……。でも、かなちゃんみたいな子は、一生一緒に生きてくぐらいの覚悟がなきゃ、無理でしょう?」
俺ホントにいい加減に生きてきちゃったからさ、とミナミも涙を流した。
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