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「そういえば、どうしてかなちゃんはクリスマスの夜は仕事してなかったの?」
いよいよミナミと暮らす新居への引っ越しの日、ふと、ミナミがそんな疑問を口にした。
「かなちゃんとシたい人、いっぱいいたでしょ?」
俺もかなちゃんと初めて会った日、直前キャンセルされただけで予約は入ってたし、とミナミは言った。
俺はどう答えたものかとためらいながら口を開いた。
「……勘違いされると、困るから」
「え?」
同業者だったミナミはキョトンとして首を傾げた。
「昔……まだ高校生だった頃、バイト先の女の先輩に『余ったご馳走いっぱい貰ったから一緒に食べよう』って誘われて……」
そこまで言った段階で、何かを悟ったらしいミナミは渋い顔をした。
「何にも知らないガキだったし、クリスマスってどんな日なのかよく理解してなくて。そんなこと教えてくれる人、周りに居なかったから。だから、何も考えずに着いていって……」
「もういいよ、ごめん」
ミナミは俺の言葉を遮ると、トントンとあやすように背中を叩いた。
日々に疲れ果てた頭でよく考えもせずに上がったその人の家で、俺は強引に初めてを奪われた。
されるがままだったとはいえ、気持ちが無くても出来る自分に心底驚き、そして軽蔑した。(おかげでレンタル彼氏を始めた時も、何の抵抗もなく出来た。)
しかも、その先輩が突然その後、恋人になったかのように振る舞い出したので、俺は慌ててバイト先を変えたのだった。
ミナミをレンタルしたのは、その次の年だ。
レンタル彼氏を始める時に“クリスマスは誰のことも抱かない”と決めたのは、あの時の恐怖が忘れられなかったからだ。
「本当にかなちゃんは色々大変なコだねぇ」
ミナミは少し困ったようにフッと笑った。
「めんどくさくなった……?」
やっぱり別れると言われたらどうしようかと、不安が一瞬、俺の胸をよぎった。
「ならないよ!!今まで苦労してきた分、俺が大事にしなきゃと改めて思っただけ!」
背筋が引き締まるよ、と笑ってミナミは俺にキスをした。
「かなちゃんの辛い記憶が、一個一個、俺との楽しい記憶に変わっていったらいいな……」
「……うん」
「直ぐには無理だと思うけど、何年、何十年か経って振り返った時に、楽しかったって言ってもらえるように、頑張る」
「ありがとう。俺も……ミナミにそう思ってもらえるように、頑張る」
今まで誰かと共に生きたことなんか無い俺には、本当はちっともその自信が無かったけれど、精一杯の想いを込めて去勢を張った。
もしかしたらミナミも同じかもしれない。
それでもいい。
嘘でもいいから、側にいて────。
end
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