ぬいぐるみ犬ブラウンの自分探し

1/8
前へ
/8ページ
次へ
犬のぬいぐるみブラウンは、ずっと前から自分がぬいぐるみだということに違和感を持っていた。 持ち主の千鶴(ちずる)の元へやって来たのは、今から約10年前。当時千鶴は幼稚園児で、親と一緒に動物園に行った時に売店で買ってもらったのだという。 ブラウンという名前は茶色い犬だからということで、母親が付けた。 厳密にいうと赤茶色なのだが、「赤茶」という名前だと赤ちゃんのようで紛らわしい。 ブラウンが英語で茶色という意味だということを、千鶴は小学校3,4年の頃に知った。 ブラウンというのはまた、外人、主にアメリカ人、イギリス人に多い名字なのだと知ったのは、もう少し後だった。 「ふーん、ミスター・ブラウンなんて、恰好いいね」 と千鶴はからかうように言った。 そう、千鶴はブラウンと普通に会話ができたのだ! 初めのうちは千鶴もブラウンも幼くて、人間がぬいぐるみと話ができることをごく当たり前と思っていた。 千鶴は他にウサギのラビー、猫のミーコというぬいぐるみを持っていて、幼稚園の頃まではそれらにも普通に話しかけていた。 ただ、話しかけて返事をするのはブラウンだけだったが、それを幼児は性質の一種と受け止めて、ブラウンの特殊性という風には考えなかった。 しかし小学校に上がって成長の階段を駆け上がっていくにつれ、幼年期の幻想の霧が晴れて、現実の物事がくっきり見えるようになった。 ほどなく千鶴は思い知った。ぬいぐるみは本来喋らないのだと。 簡単な言葉をいくつか喋る人形とかぬいぐるみはあったが、人間同士のようにペラペラ喋るぬいぐるみなどいなかった。 小学生の千鶴は、自分のぬいぐるみが喋るという事実を、幼児の無邪気さを卒業した大人への成長途上の子供として、秘密にすべきだと判断した。 友達が家に遊びに来た時も、ブラウンと喋るという失態は演じなかった。 ブラウンもそれは心得ていたが、実際にはブラウンの声が聞こえるのは千鶴だけ、つまりブラウンと話ができるのは千鶴だけだった。 ぬいぐるみはもちろんのこと、犬や動物全般にしても人間の言うことが理解できるようだという例はあっても、人間と喋るというのは前代未聞、あったとしても極めて稀といえた。 人間ではない動物やぬいぐるみなどのキャラクターが喋るのはアニメの中とか架空の世界で、現実とは一線を画しているのだと、千鶴は理解した。 物心つくころから千鶴はブラウンと話をしていたからそれは当たり前のことだったが、現実世界では超常現象ともいえる不可思議なことなのだと思い知るようになり、事の重大さは千鶴の手に余った。 けれどもブラウンの声は他人には聞こえないので、とりあえず2人だけの秘密にしておけば安泰だろうと思っていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加