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ところが最近になって、ブラウンが途方もない野望を口にするようになった。
そのきっかけは、ある映画だった。
ブラウンは居間で千鶴と一緒にテレビやDVDを見ることが昔からの習慣になっていた。
千鶴の母親は仕事をしていてほとんど家にいないが、いたとしても千鶴が幼いころはお気に入りのぬいぐるみをいつもそばに置いていることを微笑ましく思い、中学生になってもその習慣が抜けないのだろうと気に留めなかった。
千鶴の好物はディズニーアニメで、その影響でブラウンもミッキーマウスやダンボ、ドナルドダックなどのキャラクターになじんでいた。
くまのプーさんも、ひいきのキャラクターのひとつだった。
ある日ブラウンは、千鶴とプーさんが出てくる映画を見た。それはこれまでの子供向けのアニメとは一味違って、現実の人間(俳優)や景色が出てくる実写映画だった。
その中でくまのプーさんが、現実の大人の男と喋り、動いていた。
それまで、アニメという架空の世界にのみ生きていると思っていたプーさんが、現実世界で行動している。
そのことに、ブラウンはショックを受けた。
「ねえ、チズちゃん、プーさんってぬいぐるみなのになんで動けるの?」
「あれはCG、コンピューターグラフィックスっていうんだよ。コンピューターで描いたプーさんを、現実の映像と合成させているんだよ」
千鶴の説明をブラウンはうまく吞み込めず、不満そうだった。
「何だかわからないけど、僕はこうやってチズちゃんと喋れる。普通のぬいぐるみと違うんだから、あのプーさんみたいに動けるはずだよね」
ブラウンは、自分が人間と喋れるという「特殊能力」を持っているというだけで光栄だと思っていて、ぬいぐるみの分際でそれ以上望むのは僭越だとみなしていた。
ただ、喋ることはできても表情を変えることも手足を動かすこともできない。本物の犬みたいに走り回れたらどんなにいいだろうという憧れは、以前からブラウンの中に宿っていた。
それが今回、静止していた憧れが野望となって活性化したのだった。
「本物の犬になりたい」
骨をしゃぶったり、お手やお座りをしたり、公園やドッグランで走り回ったり、飼い主の投げたボールを口で受け止めたり、番犬みたいに泥棒を知らせたり……。
自分で動けなくて犬らしいことを何にもできないなんて、悲惨だよ!
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