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一章 時川夜果
キーンコーンカーンコーン。
おかしくも哀しいチャイムの音とともに時川夜果は教室を出た。
行く宛もないのに何かに追われるように足早になる。
「アハハハハ!」
突如どこからか笑い声がする。
誰がどんなことで笑っているかは確かめようがない。
けれど、夜果は自分が笑われているように感じた。そんな自分を情けなく思いつつもすぐ側の角を曲がった先のトイレに逃げ込もうと思い付く。
しかし、先日、うっかりトイレットペーパーが補充されていない個室に逃げ込んでしまったときのことを思い出した。
「ねぇ!今誰かトイレットペーパーがないトイレに入ってったんだけど!誰が出てくるか隠れて見てやろうよ!」
個室の外からそんな話し声と笑い声がした。
夜果は泣きそうだった。
結局、その子たちの気配がなくなるのを待っていた夜果はその後、次の授業に遅れてしまった。
あのときの二の舞を踏むわけにはいかないと足がすくむ。
そのとき。
「ねぇ!」
甲高い呼び声に夜果はまたしてもびくりとした。文字どおり魂が一瞬、消えたかと思うほど驚いた。
「こっち!」
手招きする手はふっくらと肉付きがよいもののの少し荒れている。
働き者の手だ。
夜果はその手に自分がここ最近ずっと求めていた暖かみを感じ、引き寄せられた。
その手は物置小屋から伸びていた。
「こんにちは!」
大迫力の大声。
その声の主は夜果が密かにマダム・レオンと呼んでいる清掃スタッフの女性だった。
「こ、こんにちは……?」
オスライオンのたてがみさながらの髪型をした女性におずおずと挨拶を返す自分は観念したねずみのようだと夜果は思った。
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