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「幸子お嬢様、お茶をお持ちいたしました」
「……あぁ、そこにでも置いておいて」
ちらりとこちらを一瞥し、この家の令嬢である幸子が興味なさそうな声を上げた。
だからこそ、乙葉は言われた通りに持ってきたお茶を机の上に置く。
幸子は乙葉に興味がない。いや、少し違う。彼女は使用人という存在に興味がないのだ。使用人とはあって当然の存在。一々気に留めるような存在ではないと言いたいのだろう。
(なんていうか、本当に典型的なわがままお嬢様よね)
同僚の女中たちが、幸子のことを『世間知らずなわがまま娘』と称しているのは、何度か耳にしている。実際、彼女はそうだ。両親に蝶よ花よと育てられ、なに不自由なく育ってきた。ここら辺の家をまとめる富豪の娘であるがゆえに、不便だってない。周囲は自分にひれ伏すものだと考えているのだろう。
「……あぁ、そういえば、あなた」
部屋を出て行こうとすると、ふと呼び止められた。驚いて幸子に視線を向ければ、彼女は頬杖を突いて乙葉を見つめる。
……どくんと、嫌な音を心臓が立てたような気がした。
「……はい」
「あなた、都のほうに住んでいたって、本当?」
それは一体、誰から仕入れた情報なのか。そう思ったが、大体父親にでも聞いたのだろう。
そう思いなおし、乙葉はこくんと首を縦に振った。
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