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「あら、乙葉。……どうしたの、暗い顔をして?」
ぼうっと庭園を見つめていると、ふと声をかけられた。そちらに視線を向ければ、そこには同僚の女中がいる。彼女は心配そうに眉を下げていた。
「……もしかして、幸子お嬢様になにかされた……?」
「ち、違うわ。……ちょっと、考え込んでいただけ」
苦笑を浮かべて、手のひらをぶんぶんと横に振る。幸子は気に入らないと使用人をいたぶってくることがある。彼女はその心配をしているのだ。
「本当? もしもなにかあったら……」
「なにもないわ。……大体、下っ端の女中がいたぶられたところで、誰も聞いてくれないわ」
肩をすくめて、そう言う。彼女は「それは、そうだけれど……」と呟いて、口を閉じた。
実際、そうだ。女中の頭などならばまだしも、下っ端の女中など切り捨てたところで大したダメージはない。だって、代わりならばそこら中にいるのだから。
「それに、私、問題ごとは起こしたくないし。追い出されたら、行き場に困るわ」
「そうだけれど……」
心配そうに視線を向けてくる彼女の肩を軽く叩いて、「大丈夫」だと告げる。さすがにこれ以上はなにを言っても無駄と思ったのだろう。彼女は「愚痴くらいならば、聞くからね」と言ってくれた。
……本当、持つべきものは良き同僚だ。そう、心の底から思う。
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