第1章

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 もしも、乙葉が穢されるだけならば、耐えられたと思う。でも、乙葉には妹もいるのだ。  まだこんなことの区別がつかない妹を穢されては、たまらない。その一心で、あそこから離れることを決意した。  貯めていたお金を使って、とにかく都から遠くへ、遠くへと逃げることにした。それが、今から三年前の話。  現在の乙葉は二十一歳で、弟妹も徐々に成長しつつある。拾ってくれたこの家の当主夫妻には、感謝してもしきれない。  家から逃げたことを、後悔したことはない。ただ唯一後悔があるとすれば――。 (……すぐる様の、こと)  乙葉が当時婚約していた、婚約者のことだろうか。  彼は、心の底から乙葉のことを慈しんでくれた。愛してくれた。だから、もしかしたら。……彼は、乙葉に裏切られたと思っているかもしれない。憎んでいるかもしれない。 (もしくは……)  いや、この可能性は考えないでおこう。だって、考えただけで虚しいのだから。  自分と彼の道はもう違えたのだ。……二度と、会うことはない。そう、思っていたのに。
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