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「……ですが、どうして私にそれを……」
確かにめでたいことではあるのだが、わざわざ末端の女中にいうことではないと思う。それも、呼び出してだなんて……。
「えぇ、実は乙葉さんにお願いしたいことがあるのです」
夫人が一瞬にして表情を真剣なものに変える。だから、だろうか。自然と乙葉の背筋がぴんと正される。
まっすぐに夫人を見つめて、彼女の言葉を待つ。
「乙葉さん。よろしければ、お見合いの日、幸子の準備をしていただけないかしら?」
でも、その言葉は予想外すぎるものだった。
だって、そうじゃないか。そんな晴れの日の仕度は、乙葉のような末端の女中に務まるような仕事じゃない。
「あ、あの、それはとても光栄なことだと、思っております。ですが……」
どう断ればいいかがわからなくて、口をもごもごと動かす。そんな乙葉を見ても、夫人は笑っているだけだった。
「いいえ、ほかでもないあなたに任せたいのです。あなたは元伯爵令嬢。いろいろなことに、詳しいでしょうから」
確かにそれは間違いない。しかし、女中としての腕はまだまだなのだ。……こんなこと、出来ることじゃない。
「もちろん、ほかにも女中をつけます。主な支度はその人たちに任せて頂戴。あなたには指揮を執ってほしいだけだから」
……それは、余計に荷が重いような気もする。
そう思うものの、純粋な期待には応えたい。夫人には、今までとてもよくしてもらったのだから。
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