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ある日の週末、蒼子さんの家にいつもより早めに来たら、奥から蒼子さんの笑い声が聞こえてきた。
誰か来ているのかな?と思いきや、件のAIロボット・コグロと蒼子さんが会話中だった。
「……そうなのよ~。でね、遥香は当日にバレンタインチョコを渡せなかったって言って、落ち込んでいてね。次の日ラッピングをほどいて、私と一緒に食べちゃったのよ」
「ソウデスカ。ソレハ残念デシタネ」
「来年頑張るってその時は言っていたんだけど、その次の年はね……」
私は一瞬青ざめた後、一気に顔に血が上った。
「おばあちゃん! コグロに何てこと言ってるの!?」
「あらー。遥香が帰ってきちゃったわ。おかえりー」
蒼子さんは悪びれもせず、うふふと笑って座卓の側から立ち上がった。
「今ね、コグロ君に遥香の子どもの頃の話を聞いてもらっていたのよ」
「私がいない時に私の話するの、やめてよ! 恥ずかしいでしょーが!」
「あら。ご近所の加藤さんに言った時より怒ってるわ」
当然だ。加藤さんもご近所拡声器だけど、コグロは医療法人関係者に筒抜けの可能性があるんだぞ。しかも私の映像付きで!
自意識過剰と笑わば笑え。こちとら未だ恥を知る花の二十代だー!
「もう、やーね。コグロ君に遥香に良い人いないかしらって相談していただけなのに」
「おばあちゃん! お願いだから止めて」
私は顔を覆ってコグロから顔をそむけた。
頼むから今の時間帯はAIであって欲しい。中の人に繋がっているかもしれないと思うと羞恥心で死にそう。
「隠すことないじゃない。正直にお願いしてコグロ君に縁を繋いでもらうことも大事よ?」
「コグロは縁結びの神様じゃないもん!」
「わかんないわよ~」
蒼子さんは台所に引っ込んで、マグロの叩き丼とお味噌汁を出してくれた。きゅうりのモズクあえも。
食欲を前に、拗ねる気持ちが引っ込んでしまう。
「うー。おばあちゃん、私、好きな人に美味しい晩御飯を提供できる腕がないの。今度作り方を教えて」
「遥香は難しく考え過ぎなの。作り方自体は簡単よ? ただ、献立を考えるのが億劫なのよね。それこそコグロ君に相談すると良いかもね。旬のおすすめを教えてくれるから」
「なるほど」
それならAIで対応してくれそう。ん? 食事療法として栄養士の人間に繋がる可能性もなくはないかな?
頭の中がこんがらがったまま、私はとりあえず手を合わせた。
「いただきます」
「どうぞー。私も。いただきます」
蒼子さんも手を合わせた。蒼子さんが作った料理だけど、お野菜の提供者は家庭菜園を持っているご近所さんだから、色んな人に向けて蒼子さんは感謝の言葉を口にする。大正生まれのひいおばあちゃんもそうしていたそうだ。
なんとか人間の人口音声アナウンスを遠ざけたくて策を練る私に、蒼子さんはあっけらかんと「正直でいると楽よー?」と言う。見栄を張ると、その分疲れるからだそうだ。
正論だとは思うけれど、背伸びがしたい私としては、その悟りの境地に至るのにまだ時間がかかりそう。
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