プロローグ

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

プロローグ

 御年75歳になる森瀬(もりせ)蒼子(そうこ)さんは、私の母方の祖母だ。  現在、蒼子さんは山裾(やますそ)にある広い一軒家で一人暮らしをしている。高齢だけど、しっかり者のおばあちゃん。  対する孫娘の私、森瀬(もりせ)遥香(はるか)は今年24歳の会社員。  勤務先企業の女子寮が蒼子さんの家に近いため、親に頼まれて、私は定期的に蒼子さんの家に通っている。 「ただいまー」 「おかえりー」  横にスライド式の玄関扉がある蒼子さんの家は、外も内部も段差だらけの昔ながらの日本家屋だ。いい加減、街中のマンションに引っ越すか、リフォームするかという案だけは出てくるんだけど、その度に蒼子さんは言う。「まだ使えるから大丈夫よ」って。  若い頃から山登りが趣味だった蒼子さんは、20代の私より健脚だ。確かに、家も人もまだ大丈夫かもしれないけれど、年齢(トシ)年齢(トシ)だから、家族(こちら)だって心配する。高齢者が車イス生活になるきっかけって、大抵、家の中の転倒による骨折らしいから。  ちなみに、蒼子さんの独り暮らしを心配した父から何度か同居の提案が出たものの、実の娘である母、本人である蒼子さん、双方から拒否という回答を得ている。  父が親切心から口にしてくれているのは二人とも分かってはいるんだけど、森瀬の家に婿に来てくれた彼は、女子(おんなこ)どもを自分の家政婦としてこき使う悪癖があるのだ。同居の件は「いてくれたら助かるけど、お母さんに迷惑はかけたくないから」という母の意見と、「瑶子(ようこ)遥香(はるか)となら一緒に暮らせるけど。申し訳ないけど喬夫(たかお)さんとは遠慮させてもらうわ」という蒼子さんの意見により、実現の可能性は低い。  知らぬは本人ばかりなり。私も父に似た無神経さを持っているので、気を付けないといけない。  本日、会社から直通で帰った私に、台所から顔を覗かせた蒼子さんは首を傾げた。 「あら? 遥香、今日は花の金曜日よ?」 「わかってるよー。だから定時で帰ってきたの。おばあちゃんのご飯を出来立てで食べられるでしょ?」 「まあ」  親から蒼子さんの様子を見るようお願いされている私と違い、蒼子さんの方は一人暮らしの私の食生活を見るようお願いされているらしい。  正直、負担の度合いは蒼子さんの方が大きい。大学時代も実家通学だった私の家事能力は、一人暮らし経験者と比較して大変低い。まずいことに、今も女子寮の近くに便利なコンビニがある。  社会人になり、蒼子さんの家に通うことをきっかけに、この際「料理上手なおばあちゃんから料理の作り方を教えてもらおう!」と私は一念発起することにした。  ――結果、週末ごとに蒼子さんの美味しい手料理を食べにせっせと通う、ドラ孫娘となっている。  ごめん。明日からやる気出す。ほんとに。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!