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魂の重さ
「博士、ジョンが虫の息です!」
助手が血相を変え犬を抱えて走ってきた。
ジョンとは、研究所で飼っているペットの犬である。
「なに。ジョンが」
「もう歳ですからねえ。老衰ですかねえ」
「むむむ」博士はうなった。「助手君。ジョンを、第二研究室の台の上に乗せるのじゃ」
「博士。それにはどのような意味が?」
「第二研究室の台はなあーー秤になっておる」
「は、秤?」助手は首をかしげた。「なんだってそんなところに、瀕死のジョンを」
「ジョンは実験台じゃ」博士は告げる。「死にかかっておるジョンの体重を計測しつつ、ジョンが昇天するのを見守る。生前と死後、もし重さに変化があったならーージョンのからだから魂が抜け出たことの証明になる。魂の存在が明らかになるのじゃ」
「な、なんですって」助手は呆気。「れ、冷酷な。ジョンの命をもてあそぶつもりですか、博士」
博士は遠い目をしてつぶやいた。
「科学はなあーー時として非情なのじゃよ。助手君」
「うわああん。博士は鬼だ。悪魔だ」
「来るんだ」
博士と助手とジョンは第二研究室へやって来た。
ジョンは秤ベッドの上に寝かされる。
博士が言った。
「うむ。現在の体重、16・5キログラムか。死後、この体重が少しでも減ったならーー魂がジョンのからだから離れたということの証左じゃ」
「人間以外に魂なんてあるんですか、博士!」
助手はなじる。
「だから、それをも調べ、判明させるのじゃ」
「七年も可愛がってきたペットを。博士は冷血人間だ。鬼畜だ」
「なんとでも言うがよい。助手君よ」
時は刻々と過ぎる。
息の荒いジョン。
泣き続ける助手。
博士はただ、秤の目盛りを凝視し、〈その時〉を待ち続ける。
「クウン」
ジョンがひと声あげた。
「ジョン!」
助手が叫んだ。
ジョンはがっくりとうなだれ、動かなくなった。
助手が号泣する。
「ジョン!ジョン!ジョンが死んだ!」
「む。むむうーー」博士が叫んだ。「16・5キログラムの体重が、16・3キログラムに変化した!引くこと、引くこと、ええと……200グラム、200グラム軽くなった。ジョンの魂は200グラムだ。200グラムのジョンの魂が、天に召されたのじゃ!」
気丈に振る舞っていた博士、たまらず助手に抱きついた。
「おおおん。おおおん。だ、誰が、誰がジョンが憎くてこんなことをする。すべては科学への奉仕じゃ。真理の追究じゃ。わしが悲しくないわけがない。わしは自分の食費を削ってでも、ペットフードを切らすことはなかった。一番安いやつじゃったがの。200グラムのジョンの魂、安らかに眠っておくれ」
「あああん。あああん。博士。博士。200グラムのジョンの魂、天界からきっと僕らのことを見守ってくれますよ。ジョン、サンキューアンドグッバイ。いつまでもいつまでも、おまえのことは忘れないよ。そして、犬に魂があることを、おまえは身をもって証明してくれたよ。科学の発展に役立ったんだ」
「うわああん」
「うわああん」
「うえええん」
「うわああん」
二人は抱き合い、床に座り込んで泣き続けた。
ジョンが乗る秤から、死ぬ際に漏れ出た小便が200グラム床に流れ落ちたことなど、つゆ知らず。
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