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『先日もお電話で申し上げましたように、オープン間近の華丸百貨店上海店で発生しましたトラブルのため、小笠原室長は現在日本側の総責任者として中国に赴任してご対応されていますが、このまましばらくの間現地に留まるとのことでございます』
武田 かおるは、いっさい澱むことなく一気に話した。
真っ黒なパンツスーツと相まって、いかにも「仕事ができる女」風だ。
——本当に仕事のできる女、なのかもしれないけど……
わたしはまたソーサーからカップを手にした。
『あら、そうなの。
それで、「しばらくの間」ってどのくらいなのかしら?』
そして、中のアールグレイクラシックを一口含む。
外側は目にも鮮やかな真紅のカップだが、内側は真っ白である。
だけど飲み進めるにつれ、底から縁に向かって伸びていくように描かれた可憐な花々が、だんだんと姿を現す。
まさに、「コテージガーデン」の名にふさわしいカップだ。
『それが……今のところ、目処はまったく立っておりません』
彼女は少し目を伏せて俯いた。
『室長は、たとえオープンまでに多少落ち着いたとしても、上海店が軌道に乗るまでは現地に留まり、監視も兼ねて自ら陣頭指揮を執るのが最適だとおっしゃっていますので……』
——ふうん、そうなんだ……
まぁ、わたしとしてはその間は「夫」の顔を見る必要がなく、このホテルで好き勝手に過ごせるんだから、むしろ大歓迎なんだけど。
『……というわけで、室長付きの秘書であるわたくしもすぐに上海へ参ってサポートに入らねばなりませんので、一両日中にはあちらへ向かいます』
彼女は伏せていた目とともに顔もしっかりと上げた。
その瞬間、肩の上で前下がりに綺麗に切り揃えられたボブスタイルの艶やかなストレートの黒髪が揺れる。
『ですので、佐久間様におかれましては、
どうか室長のことはご心配なされませんよう』
——いやいやいや、確かにわたしたちは戸籍上は「夫婦」だけどね。
だからと言って、まったく「ご心配なされ」るような仲じゃないから。
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