僕は何もできない、ただの役立たずだ

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

僕は何もできない、ただの役立たずだ

 僕たちは学生寮の前の道でボーっと立っていた。しばらくしたら、シゲは茫然と立ち尽くす僕の肩を叩いて「いったん、中に入ろうや」と言った。  衝撃的な光景が眼前に広がっているものの現実感がない。  ゴジラが高速道路に引っかかって……こけた。まるで映画を見ているような感覚だった。  海の方を見渡したら、倒壊した建物がいくつかあった。全体的に崩れているわけではなくて、ところどころ崩れている建物もある、そんな感じだ。幸いにも学生寮の周りは被害が少なそうな気がした。  あの家の人は無事だろうか?  研究室のみんなは無事だろうか?  電車に乗っていた人は無事だろうか?  高速道路を走っていた運転手は無事だろうか?  助けに行った方がいいのだろうか?  それとも、他にやることがあるのか?  亜紀は無事だろうか?  頭の中には質問ばかり浮かんできて、考える気力が湧いてこなかった。  そんな僕を見かねたのか、シゲは「ホセ! 中に入るぞ!」と言って僕を学生寮の中に連れて行った。僕は何もできない、ただの役立たずだ。 ***  学生寮の集会室には寮生が集まっていた。  集会室の寮生は何が起こったのかは分かっている。でも、その状況を正しく整理できていない。  僕は少し安心した。思考が止まった僕と同じだったから。  みんな、僕と同じ役立たずだ。  停電でテレビは付かないから詳しい情報がない。  電話が通じないから家族や友人が無事なのか分からない。  こんな時、何をしたらいいのか分からない。  時間が経つにつれて、寮生の不安は大きくなっていった。  そんな中、ひときわ大きい声で「みんな、聞いてくれ!」とシゲが言った。  寮生はシゲの方を見た。年長者がどうにかしてくれるのではないか、と期待して。  僕はシゲよりも年上だけど、僕には何もできそうにないからシゲの方を見た。 「大きな地震があった。外はすごい被害になっとると思う。でも、ここにいる俺らは無事や。何ともない。俺たちは生きてる!」 「あぁ、生きてますね」 「ラッキー……なんですかね?」  ざわざわする寮生を無視して、シゲは話を続ける。 「こういう時、何が一番あかんか分かるか?」  寮生はシゲの問いについて考えるものの、発言するものはいない。日本人はみんなの前で発言するのを恥ずかしがる、と聞いたことがある。こういう状況をいうのだろう…… 「混乱することや! 各自バラバラに動いたら、助かるもんも助からん。みんなで協力せーへんか?」 「そりゃ、そうですけど」 「何したらいいんですか?」  と誰かが言った。 「バラバラに食料買いに行くよりも、誰かがまとめて買いに行った方が効率的やろ。バラバラに電話ボックス探すのも効率的やない」 「人数いるし、役割分担した方がいいってことですよね?」 「そうや」  僕は防災の授業を思い出した。詳しくは覚えていないけど、災害時にどう行動をすれば生き残る確率が高くなるか……そんな内容だったはず。 「グループごとに役割分担してほしいんや」  シゲはそういうと、集会室にいた寮生を3つのグループに分けることを提案した。  シゲから向かって右端がAグループ。Aグループは周辺を調べる係だ。周辺の被害状況を知っておかないと、避難できないし、生活物資の調達でもできない。  道路が崩壊しているところもあるはずだから、自動車だと通れない道がありそうだ。だから、バイクか原付で行くことになった。それと、一人だと危ないかもしれないから、二人一組で行くことになった。  Aグループに選ばれた一人の寮生がシゲに質問した。 「食料を買ってきた方がいいですか?」 「買ってきてもええけど、後でええと思うで。バイクやとあんまり運べへん。売っている店を見つけてから、車で買いに行った方が効率的やろ?」 「あー、そういうことですか。じゃあ、売ってる店で食料を買った後、誰かが車を取りにいったらいいんじゃないっすか?」 「お前、頭ええなー。じゃあ、確保できる飲み物と食料があったら、購入してきてや。金は寮費から出すから。絶対に盗むのはあかんぞ!」 「了解です。あー、お酒いります?」 「買ってもいいんちゃう」  シゲのこの返答がマズかったと思う。  結局、寮生が買ってきた飲み物の半分がお酒だった。危機感がなさすぎる……  Aグループがペア分けを始めたら、誰かが「地震や!」と叫んだ。  その直後、揺れが起こった。全員が慌てて集会室のテーブルの下に避難する。 「あの揺れを感知するなんて、ナマズみたいやなー」と誰かが言った。  地震にはP波(Primary Wave)とS波(Secondary Wave)があるが、震源地が近いからP波を感じ取ったわけではない。きっと、もっと小さい地震を感じたのだと思う。  ちなみに、震源が真下の場合、地震の規模が小さいと揺れはない。「ドン」という音が聞こえるだけだ。  しばらくすると、余震は収まった。  テーブルの下から出てきた寮生を確認して、シゲは続きを説明し始めた。  二つ目はBグループだ。Bグループは、寮内にある飲み物と食料をかき集める係。それと、寮の柱や梁が破壊されてないか、と設備点検をする。水道が出るか、トイレが使えるか、風呂が使えるかなどだ。  ちなみに、建物の外観だけでは地震の被害状況は分からない。地震直後には被害がなさそうな建物がたくさんあったが、中には倒壊の可能性がある危険な建物も多く含まれていた。  例えば、柱や梁が破壊されている建物は住めない。被害状況としては全壊・半壊に分類されるのだが、余震で崩壊する可能性があるからだ。  地震直後は住めそうな家がかなり残っているように見えていたが、数カ月~1年経つとそれらが取り壊されて更地になった。取り壊されたのは、倒壊を免れた全壊・半壊の建物だ。  集会室では部屋に残っている食料・飲料に関する情報が飛び交う。 「ビールは部屋に2ケース残ってます」 「ウィスキーは5本あります」 「赤マルは3カートンあるで」  食べ物が予想以上になかった。僕の部屋にもビールしかなかった。  本当に、男は非常時に役に立たない……  Bグループも担当分けを始めた。その様子を見て、シゲは残りのメンバーに言った。 「最後のCグループは2人だけ。寮生全員の家族の連絡先を聞いて、電話がつながる所から電話してきてほしいんや。家族が心配してるやろ?」 「そりゃそうですよー」 「西宮までいけば電話つながるやろか?」 「まぁ、だましだまし行ってみます」  寮生は紙にボールペンで名前と電話番号を書いてCグループの2人に渡した。  この時代は携帯電話を持っている学生はほとんどいなくて、持っていてもポケベル(ポケットベル:無線呼び出し)が精々だった。当然、Wi-Fiもない。  固定電話やインターネットが繋がらない状況では、誰かがまとめて連絡した方が効率的だった。  正直、僕にはシゲの指示が正しいかどうか分からなかった。  でも、各自がやみくもに動くよりも良さそうだ。僕はそんな気がした。  シゲには今まで散々迷惑を掛けられたけど、この時だけは頼もしかった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!