その、時。

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美帆子(みほこ)は、何の悩みもなくて呑気そうでいいよな、って、周りの人達によく言われる私。 私だってそれなりに悩んだりしてるのに、って思ったり言い返したりしていたけど。 きっと、私は大した悩みもなく、呑気だったのだろう。 その、時迄は。 その日、大学から真っ直ぐに家ヘ帰宅すると、もう夕方近くで。 まず、今日の夕飯何にしようか?と、冷蔵庫の中に残っている物で簡単にと思う。 玄関にあった見慣れない男性物の二つの革靴を疑問に思いながらも、人の気配のあるリビングへと行く。 この時間、高校生の弟は帰宅していてもおかしくはない。 現に、弟のスニーカーはあった。 そして、何故か父親の革靴も、あった。 父親はまだ会社に居る時間のはずなのに…。 「奥村さん、娘さん迄帰って来ましたよ? あーあ、知られちゃいましたね?」 二人居たその見知らぬ男性のうちの一人が、リビングの扉を開いて現れた私を一瞥し、父親に話し掛けている。 声だけではなく、向けているその目も冷たい人。 この人は嫌な人だな、と第一印象で思う。 「だから、とっとと返せってつってんのに」 もう一人の男の人は、ソファーに深く腰かけている。 自分の家で寛ぐかのようで。 先程、父親に話し掛けていた人は立っていて。 私より先に帰宅したと思われる弟の碧斗(あおと)も、おろおろと立ちすくんでいる。 父親はそのソファに座る男にまるで土下座でもするように床に両膝を付け、額を下げている。 一体、この光景はなんなの?と頭が追い付かない。 「姉ちゃん、うちの父さんこの人達からお金借りてるみたいで…」 碧斗の声は少し震えていて、 気を抜いたら泣いてしまいそう。 高校二年で、私の三歳年下の弟。 最近は男らしくなって来たけど、 元々、とても気の弱い子だった。
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