覚悟

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 しまった。ユカリがそう思った瞬間、痛みがはしった。ラウの剣によって肩が貫かれ、すぐさま引き剥がすように抜かれる。手に汗をかいていたせいで、杖の柄をうまく掴むことができず動作が遅れてしまった。  ラウの剣先からユカリの血が落ち、床に血だまりを作る。ユカリはしずくのように落ちる自分自身のそれを見ていた。  ラウは杖を取らない限り、攻撃をしかけてこないはずだ。今はまだ、とユカリは心の中でつけ足す。  あの日、港町で聞いたうわさ話。旅人の少年が禁忌のジュエルに手を出し、逆にその強大な力に飲みこまれてしまった。  ラウを必ず救うと決めたのに、手の震えが止まらない。これでは闘えない。だが、ここで死ぬわけにもいかない。 「くっ……」  ユカリは杖に手を伸ばした。次の瞬間、空気を切り裂くような音が聞こえ、ユカリの右手小指が消えた。切られたと思った直後は何も感じなかったが、しだいに焼けつくような痛みが襲ってくる。 『約束だよ。2人とも立派な魔術師になったらまたここに帰ってこよう。って言ってもユカリの方が優秀だし、僕はなれるかどうか分からないけどね』  ユカリは、大樹の下で交わした言葉とラウの照れた笑顔を思い出した。 「ラウ……」  名前を呼んでも反応はない。もうすでに昔の彼は存在しておらず、目の前には情け容赦ない魔王がいるのみ。  指の切れ目から血が流れ出る。このまま何もせずに出血多量で死ぬか、ラウを倒してから死ぬか、どちらかだ。  ユカリはもう一度杖を握った。
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