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第54話 ライバル意識
今の状態を、俗に二股と言う。それは重々承知なのに、僕はまたここに足を踏み入れてしまった。
いや、『しまった』とはあまりに自分に甘い。自ら望んで踏み出したのだ。踏み外さないことを祈るばかりだが、多分踏み外す。
――――しかし、意外だったのは神崎さんの九条さんに対するライバル意識だ。
舞原さんによると、お互いがお互いの存在が気になってわざわざ相手のトレーニング日に乗り込んだ。でもって、競うようにトレーニングしたとのことだけど。
そしてその日以来、二人は相手のテリトリーを侵すことはしなかった。
――――それだけなら、あんなに敵愾心を持つことはないだろうし。それに神崎さんは九条さんのことをよく知ってる感じだ。
彼はIT関係の社長とのことだったな。まさかと思うが、自分の会社のツールを使って九条さんをリサーチしたとか? いやいや、それもおかしな話だ。ただ通ってるジムが同じという理由だけで。
――――九条さんはどうだろう。僕は神崎さんの話をしたことはない。意外と、お互いジムで会う前からの知り合いだったりして。
神崎さんだけが九条さんにライバル心を燃やすのは不自然だ。彼は十分魅力的な人だし、金も地位もある。殊更九条さんの動向を気にする必要はないはず。
――――だからと言って、それを聞くわけにもいかないなあ。舞原さんもそこまでは知らなそうだし。
今現在、僕は身の安全のために、二人の関係を聞いたり調べたりするのは止めたほうがいいだろう。そのうちわかる時が来るかも。
今は、久々に訪れたスリリングな恋愛を楽しんだほうがいい。あ、つい僕の本音が……。不実な僕は、また痛い目に合う。それは覚悟してるから許して欲しい。
小泉さんに粛清された前回の二股三股事件。
これは自分の精神状態も良くなくて、執筆には悪い影響しかなかった。だからこそ彼女から清算するよう言い渡されたわけだし。自分でも病んでると自覚してたから、素直に応じた。
けど、今回は違う。執筆に悪影響どころか、捗って仕方ない。
九条さんの浮気が発覚した時にがくんとスピードダウンしたものの、神崎さんとのこと、九条さんの帰国は僕の創作意欲を再び燃え上がらせた。物語同様、文字通り第二幕が上がったんだ。
――――神崎さんが九条さんにライバル心燃やしてるのも凄くいい感触。いやあ、なんか理想的な展開だよ。
これほど筆が進んだら、小泉さんも文句ないだろう。この勢いで書き続けよう。罰が当たって、恋が終わるまでに終わらせなきゃ。などと、かなり狂った倫理観のまま僕は突っ走った。
新刊表紙イラストも出来上がり、これも僕のテンションをかなりあげてくれた。完璧なアライジャとナギの姿に、僕は感涙した。二人にも見せたいけどそれは叶わぬことだった。
土曜日の夜、九条さんが僕のマンションにやって来た。二人でケータリングを頼んで九条さんは持って来たフランスワインを開けた。
「寂しい想いをさせてごめんな」
二人掛けのソファーでくっついて、肩に手を回してた九条さんが僕の髪を撫でる。寂しいのは最初だけ。それよりも悲しかったし切なかった。
結局、その想いに耐えられなくて神崎さんに甘えてしまった。というのは、言い訳がましいかな。
「ううん。帰ってきてくれたから」
パリの青い目の彼氏のことは、僕からはなにも聞かなかった。メールでは一夜の過ちみたいにしてたから、それならそれでいいかなって。多分、別れてない。パリにはまた行くんだし。
『そんなことしてるの、よっぽどの好き者だけですよ』
神崎さんが何気なく言ったあのこと。九条さん、マジで精力凄いんだよね。だから、一人ではいられないのだとわかってる。
「どうした? 黙っちゃって」
「ううん何でもない。抱いて……」
それは多分、僕も同類だから。愛おしそうに微笑む九条さんの腕の中に、僕は自ら潜り込んでいった。
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